靖国問題


歴史的経緯における靖国問題

 まずは、靖国神社参拝に関わる重要な歴史的経緯を紹介しよう。
 靖国神社の起源は1869年つまり明治2年に戊辰戦争での戦死者を慰霊するために創建された東京招魂社にある。
 その東京招魂社が1879年に改称して靖国神社となった。他の神社が内務省の管轄であったのに対し、靖国神社は陸軍省と海軍省の管轄であった。
 第二次世界大戦における敗戦の後の1946年9月に靖国神社は宗教法人として登記され一宗教法人となった。
 そして、1951年9月、日本はサンフランシスコ講和条約に署名し、東京裁判の判決を受諾した。
 翌年4月にサンフランシスコ講和条約発効。
 1975年11月21日、昭和天皇の最後の靖国参拝が行われた。
 1978年10月17日、靖国神社にA級戦犯14人が密かに合祀され、その翌年の1979年4月19日、A級戦犯合祀の事実がマスコミに大きく報道された。
 1985年、中曽根首相が靖国を「公式参拝」。それに対して中国が異議。中曽根首相、翌年より靖国参拝を中止。

 次にこれらに関する所感。
 まず靖国神社の存在自体だが、国家が国のために殉じた人間の命に対して責任を持ち、その慰霊のための施設を持つことは当然のことと考える。故に、国家神道に対しては否定的でも靖国神社の存在は肯定する。
 だが、同時に民間人犠牲者の慰霊や敵国戦死者の慰霊も必要と考える。基本的に軍属のみの慰霊施設である靖国は「戦没者を慰霊する施設」ではあっても「先の大戦の犠牲者を追悼する慰霊施設」としては不十分なものといえよう。
 東京裁判に関しては、法の不遡及、つまり事後法処罰の禁止という、法及び民主主義の原則に違反する不当な裁判であったが、我々はサンフランシスコ講和条約でそれを受け入れてしまったため、条約上有効と考える。しかし、東京裁判を受け入れることと東京裁判史観を受け入れることは別の問題であり、我々は歴史的事実に基づいた歴史観を持つべきと考える。
 サンフランシスコ講和条約自体は、日本側も戦争犯罪に対する請求権を放棄したものであり、世に一般に流布されているような「莫大な賠償を放棄した連合国に感謝しろ」的な論調には同意できない。東京などへの無差別戦略爆撃や広島と長崎への原爆投下は米国が戦勝国であるゆえに裁かれなかった戦争犯罪というものだ。戦争犯罪は戦勝国の方も犯していたことを忘れてはならない。しかし、日本が国際社会に復帰するためには必要な条約であった。
 ここで重要なのは、日本の国際社会への復帰は東京裁判を受け入れA級戦犯に全ての罪を背負わせることにより成されたということだ。
 つまり、A級戦犯が合祀されてからの靖国への参拝はサンフランシスコ講和条約に背く行為ということになる。
 A級戦犯を合祀した遺族の気持ちは解らぬでもない。合祀されたA級戦犯の中には軍人でない者、判決を待つ間に病死した者と、「軍人の戦死者」という靖国で祀られる条件を満たさぬ者もいるが、病死にしても劣悪な環境に置かれてのことと受け取れば、遺族にしてみれば連合国に殺されたようなものだ。不当な裁判の犠牲となった人々の慰霊を望むのは遺族としては当然の情といえよう。
 しかし、我々はその不当な裁判を受け入れた。それに従わぬのは、国際的な信義に背くこととなる。
 昭和天皇がA級戦犯が合祀されてからの靖国に参拝していないことの意味を考えよ。
 天皇は象徴とはいえ国家を代表するお方。その国家の代表が国際的な信義に背くことができようか。
 これは法と動機の問題だ。A級戦犯とされた人々の慰霊を望む情は遺族の動機としては正しい。しかし、A級戦犯が合祀されてからの靖国に参拝することはサンフランシスコ講和条約という法に背く行為だ。
 動機が正しければ法に背いて良いわけではない。動機が正しければ法に背いても良いというのではテロリストと同様の論理であり、法治国家の原則に反する行為というもの。
 結局のところ、天皇が靖国を参拝できなくなったのはA級戦犯を合祀したからであり、そのA級戦犯を合祀した遺族が天皇に対して靖国の参拝を求めるのは勘違いも甚だしいといえよう。
 天皇の靖国参拝を求めるのであれば、まず天皇が心置きなく参拝できる条件を整えるべきなのだ。
 首相の靖国参拝に関しては、これを中国が非難するようになったのは中曽根首相の「公式参拝」以降。つまり、A級戦犯合祀以降も私人としてなら参拝を黙認していたということになる。首相の靖国参拝が中国に非難されるようになったのは中曽根首相の失政、つまり我が国の方の失政ということになる。

宗教面での靖国問題

 何かと問題となる首相の靖国参拝だが、憲法上、個人の信仰の自由は保障されているので、個人としてであれば問題は無いといえよう。
 しかし、公人としての参拝は、今の靖国は一宗教法人であり、憲法の政教分離の原則に反する。
 内閣総理大臣と記帳してしまえば、それはもう個人参拝とはいえない。
 以前、首相の靖国参拝に対して違憲判決が出た際に文句を言っていた者がいたが、法に照らし合わせれば違憲となるのが当然だ。
 首相に公人としての靖国参拝を望むのであれば、まずは改憲すべきということになる。
 A級戦犯分祀論に関しては、既に言い尽くされたことだが、できよう筈が無い。
 国家管理の時代ならともかく、今の靖国は一宗教法人。靖国に対して神道の掟に背く分祀を強制するのもまた憲法の政教分離の原則に反する。

靖国問題の整理と対策

 靖国問題の主要なものは、上記の東京裁判とサンフランシスコ講和条約に起因する「外交問題」と憲法に起因する「政教分離問題」。
 首相が法に背かずに靖国を公式参拝するには、これらの問題を解決しなければならない。

 まず、政教分離問題だが、これを解決する方法として以下が挙げられよう。

 一、憲法の政教分離の原則を改憲。
 二、靖国を国が管理する公的施設とする。

 一は政教分離の原則を宗教の国教化の禁止程度に緩和するもの。内政においても外交においても、慰霊などの目的で自らの信仰を越えて宗教行事に参加することを許されるようにするというもの。
 二は靖国から宗教法人格を外し、国家管理の公的施設に変えるというもの。ただし、既にそれを目的とした靖国神社法案が1969年から1974年に架けて五回提出され五回とも否決されている。

 次に外交問題。これは法と動機の問題であり、解決する方法として以下が挙げられよう

 一、動機の正しさを理解してもらい、法に例外を設けてもらう。
 二、法を破棄する。

 そして、問題の本質的解決にはならぬが問題を回避する方法として、

 三、法を守る、あるいは守っている振りをする。

 というのも挙げられよう。

 一は宗教観の違いを説明し相互理解に勤め参拝への合意を得る道。
 神道においては、菅原道真や楠正成を見れば明らかなように、無念の死を遂げた人間が祟りをなさぬよう慰霊を行う。そういう意味では東京裁判により無念の死を遂げたA級戦犯とされた方々に対し、その無念を弔うのは神道上、当然といえる。
 しかし、中国においては、関帝廟を見れば明らかなように、英雄を称えて祀る。我が国でA級戦犯を祀るのは中国から見れば「先の大戦で多数の被害者をだした戦争犯罪人」を英雄として称えているように見えるであろう。
 故に、対話の上で宗教観の違いを理解してもらえれば、参拝に合意を得られる可能性がある。
 また、靖国参拝に関して東南亜細亜の国からも否定的な声があがるのは国家神道の悪しき思い出によるというもの。これに対しても、既に日本が国家神道の国ではないことを理解してもらう必要があろう。
 これは東京裁判とサンフランシスコ講和条約を受け入れた上で、我が国の事情から「戦争犯罪人」であろうとその無念を弔うために参拝する必要性があるという動機の正しさを理解してもらうというもの。
 これをもって「平和の道」とする。

 二は、A級戦犯を戦争犯罪人としている東京裁判とサンフランシスコ講和条約を引っくり返して、A級戦犯にされたこと自体を否定する道。
 これは国際的な同意事項を反故にするわけで、連合国との衝突は避けがたい。国際的な影響は致命的なほど大きいが、戦犯の名誉を回復し靖国参拝に関する問題を根本的に解決する方法の一つではある。
 これをもって「名誉の道」とする。

 三は「妥協の道」。東京裁判とサンフランシスコ講和条約に従って、A級戦犯に全ての罪を被ってもらい、靖国参拝はしない。するにしても密かに詣でるか、心の中で詣でる。先の大戦の犠牲者の慰霊に関しては別の施設の利用を考える
 本質的解決にはならぬが、本質的な解決をする気概がないのならこうしたほうがマシというもの。
 解決する手立てを打たずに靖国を公式参拝するのは東南亜細亜を含めて亜細亜における関係悪化を招くだけで実利は無い。ただ、小児的自己満足を得られるだけだ。亜細亜の平和や日中友好を夢見て亡くなられた英霊にも申し訳が立たぬ。

 どのような道を選ぶも民主主義において我々が選ぶ為政者次第。
 以上に挙げたような方策であろうと無かろうと、我が国が私欲に染まることなく天下の大利となる選択をすることを願うのみだ。

東京裁判と東京裁判史観

 東京裁判を受け入れることは東京裁判史観を受け入れることとは異なる。
 例えば、以下のような歴史的事実に基づいた文を教科書に書くようにすれば良い。
 「東京裁判は事後法で裁かれた違法な裁判でした。しかし、私たちはその東京裁判をサンフランシスコ講和条約で受け入ました。そして、私たちは東京裁判でA級戦犯とされた人々に私たち全ての罪を背負わせることにより国際社会への復帰を許されたのです。」
 歴史における我が国の光の面も闇の面もありのままに受け入れてこそ、我々は誇りと謙虚さを得られる。
 光の面のみを強調して得られるのは傲慢さであって誇りではない。闇の面のみを強調して得られるのは卑屈さであって謙虚さではない。それは米中韓あるいは西班牙という国の教育を見れば明らかなことであろう。


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