二六六四年一二月二一日

 露西亜と印度との関係強化についての補足。
 まず、以下の現状がある。

 ・日本独力では米中と二正面作戦を行うことはできない。
 ・しかしながら、米国と中国の関係強化は進んでおり、将来的には経済的あるいは軍事的に米中に挟撃される事態になる可能性がある。

 で、そうなった場合、どうするのか。
 生き残るために両者に土下座外交をするのか?
 米中の関係強化は、現実としての日本の危機だ。
 では、それに対抗するにはどうすれば良いか。
 そこで、露西亜と印度との関係強化がでてくる。
 露西亜は米国を牽制できるし、印度は中国を牽制できる。
 流れ次第では日露印と米中の睨み合いの状況を作ることで力のバランスを取るというわけだ。
 バランスオブパワーというものだな。
 各国間の力関係のバランスを取ることにより、戦争もせず土下座外交もしない選択というわけでござるよ。
 現実問題として現代日本では米国政府が動く方向を制御することは困難。
 ならば、米国が日本には困った方向に動いたときの対策もとっておかぬとな。

 まあ、米国との関係が第一と考える人々には幻想もいいとこの話に思えるかもしれぬが、こういうことを書くのも拙者が基本的にアングロサクソンというものを信用しておらぬからだ。
 アングロサクソンは、人をいい気にさせて利用したり、反対に神経を逆撫でして怒らせることで利用したり、大げさに怒ってみせることで相手の譲歩を引き摺り出したりといった心理戦に長けた民族。
 国際社会に参入している以上、日本は米英加豪といったアングロサクソンクラブと付き合わざるをえないが、ならばこそアングロサクソンのやり方というものを良く知っておくべきというものだ。
 イラクのフセインを見よ。イラン・イラク戦争で米国の支援を受け、米国のために戦い、すっかり自分が米国の後ろ盾を得ていると思い込み、念押しに「イラクがクウェートに侵攻しても米国は介入しない」という米国大使の証言を受けて、クウェートに侵攻してみたら、見事、梯子を外された。
 フセインはいい気になって慢心していた。そしてそれを利用された。そして、今はあの様だ。
 「来るべき米中戦争と、そのための日米同盟」というのは、親米国際派と呼ばれる種類の人々には気持ちの良いものだろうが、「いい気にされて利用されている」可能性も考えることだ。そうでなくても、米国で親中派が政権を取り米中が強く結びつけば日本は梯子を外されることになる。
 用心しておくことだ。
 アングロサクソンは実利的だから備えがあることを示せば妥協するが、同時に非常にヤクザな性分なので備えが無いと容赦なく剥ぎ取ろうとする。
 米国との「信頼関係」を維持するためには、そういうアングロサクソンの性分を熟知した上で上手く付き合わねばならぬということだな。
 適度に牽制を入れぬと、経済侵略で根こそぎ日本の金を持っていかれることにもなりかねぬぞ。
 現状、日米同盟も大事だが、軍事的に米国に強く依存している今の状態が米国にいいように搾取されている原因ときちんと現状認識せぬとな。

二六六四年一二月一五日

 このところ一部の保守系論客の言動にがっかりすることしきりでござる。
 ミサイル防衛に反対する者は共産主義の手先とか日本の弱体化を狙う工作員とかいう勝手なレッテル貼りは、もはや子供レベルの詭弁を通り越して、論理で負けている己自信を誤魔化すための自己欺瞞といえよう。
 近頃の保守系論客にこの手の発言が多いのには辟易する。
 論理で劣勢になると、論理では答えず、「そういう発言をするのは妬みがあるからだ」とか「僻んでいるからだ」とか卑しい発想による思い込みの感情で答えるという、傍目に見ても見苦しい詭弁にもならない自己欺瞞。
 結局の所、この手の連中は思想のベクトルの向きが反対なだけで頭の程度は平和愛好家どもと同レベルなのであろうな。
 困ったものでござるよ。
 現代の技術力では、ミサイル防衛は飽和攻撃の前に無力だし、コストパフォーマンスにおいても破綻している。ロシアの多弾頭誘導技術のように、既に対抗策も開発されている。
 拙者に言わせれば、ミサイル防衛に必要な一兆円を捻り出すために正面装備の削減を伴う予算を認める方が、余程、日本の弱体化を狙う工作員というもの。

 核武装とか声高に叫んでいる連中にも困り者だな。
 確かに核武装による抑止力は魅力的だが、拙者としてはどの程度のレベルの核戦力が欲しいのかを聞きたい。
 どの程度の破壊力を欲するのだ?戦略核級か?戦術核級か?
 核武装を主張するものは東アジアの国どうしの有事を想定しているようだが、戦略核など東アジアの国どうしで使えば使った方もただでは済まぬ。遠く離れた別大陸に撃ちこむのならともかく、将来のことを考えるならば土壇場になっても使えぬ兵器だ。また、そのような装備、米国が許すとも思えぬな。
 戦術核級の破壊力であれば現代の技術であれば燃料気化爆弾等、通常兵器でも実現可能だ。核武装によって生じる国際的な批難などのデメリットを考えれば、敢えて装備するほどの兵器ではない。
 戦術核級の破壊力を持つ燃料気化爆弾と搭載能力の高い巡航ミサイルを開発し、護衛艦や潜水艦といった洋上の艦艇に配備する方が余程理に適っているし、実際にそうした方が良いだろう。
 現代の技術ではミサイル防衛はあてにならぬのだから、相手のミサイル戦略を抑止したいのであれば、最初から相手に撃つ気を持たせない報復能力を持つ方が確実というもの。
 現時点でのミサイル防衛は軍需産業のための役に立たぬ公共事業。
 どうせ公共事業なら役に立つものに使って欲しいものでござるよ。

二六六四年一一月二一日

 未だに「輸出による景気回復」などという妄言を信ずるものがおる。  輸出による景気回復とはいっても、変動相場制の現代では輸出超過は円高圧力となり、頑張って働いて輸出すればするほど円高に苦しむことになる。
 円高に苦しみたくないのであれば、輸出と輸入を均衡させる必要があり、生産を減らすわけにはいかぬから、結局は内需を拡大するしかない。
 つまり、景気回復は内需拡大によるほうが正解となる。変動相場制を採用している限りな。
 少し考えれば当たり前のことだ。
 変動相場対策には米国債購入による為替介入があるが、これにしても、輸出企業に非常に効率の悪い補助金を出しているも同然の行い。どうせなら同じ額を国内の需要拡大に使えばどれほどの中小企業が救われたことか。
 クリントン時代の米国は日本に対して厳しかったが、日本に内需拡大を薦めたのは正解というもの。
 米国が日本の輸出に対して厳しいのは輸出産業には厳しいかもしれぬが、米国が自国の国内産業の保護のために動くのは当然というものだ。むしろ、今のブッシュ政権のように赤字を垂れ流しまくりのほうが困りものというもの。
 米国の貿易赤字による円高圧力に加えて、米国の国庫破綻のリスクを恐れての投機資金の流出によるドル安圧力。これでは米国の経済破綻が心配というものだ。
 経済面でブッシュ再選を喜ぶ者は目先の利益しか見えぬ愚か者といえよう。米国が経済破綻して米国債が紙切れ同然となれば、目先の貿易黒字を上回る損害を受ける可能性が極めて高いというのに。
 やれやれでござるよ。
 ロシアが石油取引の決済を2005年にドルからユーロにするという話もあるし、そうなればドルの下落には歯止めがかからぬであろうな。仮に軍事力による恫喝を行ってやめさせるにしても肝心の米国の軍事力は中東に釘付け。軍事力カードは使えぬわけだし、ドルからユーロへの流れを止めることはできまい。
 下手をすると2005年から2006年までに米国が経済破綻したりしてな。
 米国の崩壊が見えたときが危険なときだ。
 ネオコン連中が牛耳る今の米国は何をしでかすかわからぬ怖さがある。
 とりあえず述べておこう。米国を破綻させる可能性が高いブッシュ大統領を推すことの方が余程反米とな。

二六六四年一一月八日

 遅ればせながら、F-2の生産予定数削減と代替機について。
 まず、F-2の生産予定数削減だが、これ自体は米国よりの外圧によるものである可能性が非常に高い。
 勝手な推測ではない。これ自体は、石破元防衛庁長官と米国高官の会談など、一般メディアで報道された内容から見て取れる。
 して、その目的は?
 日本にF-35を買わせるためのものである可能性が非常に高い。
 日本はF-35のプログラムに参加していないが、米国は参加することを強く望んでいる。量産効果などにより、負担が軽減できるからだ。
 世の一部では、代替機の候補についてF-15EだのF/A-18E/Fだのと賑わしいが、拙者、これは既にF-35で内定した出来レースの可能性が高いと見る。

 F-35にしろ、F-15Eにしろ、F/A-18E/Fにしろ、拙者は反対だ。
 拙者、なんでもかんでも反対という人間ではない。それぞれに合理的な理由がある。
 F-35導入に反対するのは、F-35の性能が日本の国情に合わぬからだ。
 F-35はステルスによる奇襲性を重視した結果、機動性と高速性を犠牲にした機体。しかもF-35はすっきりしたデザインと引き換えに、X-32と異なり、航続距離(小型単発機としては悪くはないものの)と兵器搭載量までも犠牲にしている。
 攻撃側にまわれば強い機体だが、防御側にまわれば甚だ弱い機体だ。
 我が国のように、専守防衛を唱え、迫り来る敵を上陸前に迎撃しようという方針では性能を活かせぬであろう。
 現状、我が国の機体には、迅速に目的地に向かえる高速性と敵機のロックオンを外せるような機動性が不可欠というもの。(加えて、可能ならば、滑走路が破壊されたときなどのために航続距離と短距離離着陸性能も欲しいものだ。)
 F-35は残念ながら、その条件を満たさない。
 F-15E、F/A-18E/Fといった候補は、性能的な魅力においてF-2に劣る。
 F-15Eはかなり改良された機体とはいえ、基本設計の古さから、総合性能において新世代の戦闘機に劣る。代替しても、他国の機体の世代交代を考えれば、性能的寿命は限られているだろう。
 F/A-18E/Fは航続距離と搭載量は従来型より改善されてはいるものの、機動性においてF-15にも劣る機体(垂直方向の機動では上回るらしい)。総合性能を考えればF-2を廃してまで採用する魅力は無い。

 ネットで他の候補として挙がっているF/A-22、グリペン、Su-30系列について。
 まず、F/A-22についてだが、可能であれば望ましいと思う。高速性と機動性を兼ね備えたF/A-22は確かに魅力的だ。しかし、高額な上、米国が売ってくれるかどうかも判らぬ。それに、どちらかというと、F-15の後継である次期要撃戦闘機にこそ相応しい戦闘機といえよう。
 グリペンは短距離離着陸性能は魅力的なものの、兵器搭載能力や対艦攻撃能力を考えるとF-2に劣ると言わざるをえない。
 Su-30系列は安価で機動性、高速性、航続距離、兵器搭載量、短距離離陸性能に優れた機体ではある。しかし、導入にあたっては、電装系などのアップデートキットの開発と交換、整備機材の一新、整備員への別規格への対応研修(例:インチ規格→ミリ規格)といった、トータルでの導入コストを引き上げる要因が数多ある。統合独逸でMiG-29を運用していた(既にユーゴスラビアに売ってしまったが)ということもあり、不可能ではないと思われるが、実現は困難であると思われる。統合独逸で上手くいったのは東独逸での運用実績があったというのも大きいであろうしな。

 では、何がいいか。
 拙者はF-2の続投を主張する。
 色々と問題を指摘されてはいるが、F-15を上回る機動性とダッシュ力は、F-15EやF/A-18E/Fより魅力的だ。
 指摘された問題点も現在ではほぼ解決済みだしな。
 わざわざ機種数を増やして、部品調達や整備や部隊編成を煩雑にする必要もなかろう。
 次の大規模の更新はF-15の交代のときで良いというものだ。(そのときには日本が真の独立国家となって機体を自主開発できれば良いなと思う。ジェットエンジン開発の目途はついておるしな。)
 F-2をやたらと批判する人には少し考えて欲しい。
 確かに、F-2で採用された新技術の内、複合材とアクティブフェーズドアレイレーダーに問題が発生したのは事実だ。
 F-16の部分には問題が無かったのも事実だ。
 しかし、F-16自体は最早数十年前に誕生した機体。いわば技術的に枯れた状態で非常に安定しているのは当然。不良が発生しなくて当然なのだ。
 対してF-2に採用された複合材とアクティブフェーズドアレイレーダーは新技術。
 そして、新技術に初期不良はつきもの。
 トラブルが発生するのは仕方ないといえよう。
 既に安定した技術だけを使えば、信頼性の高い兵器を作ることは可能だろう。(例えば日本製電装系は安定した技術の部類といえよう)
 だが、それでは時代に取り残されてしまうのだ。
 時代に先んじるためには、積極的に新技術を導入し、初期不良を克服し、その新技術をものにする必要があるのだ。
 拙者、F-2に採用された新技術をやたらと批判する主張は「最初から完璧にできないのであれば、やらぬ方がマシ」といったいかれた考え方にしか思えぬ。
 新技術を導入した新しい機体の開発にはトラブルはつきもの。米国にしてもF/A-22の開発において複合材の剥離などのトラブルが発生して開発が遅れているではないか。
 新技術とはそういうものなのだ。
 これらの批判の対象の新技術の価値は米国が証明してくれている。
 F/A-22やJSFが複合材やフェーズドアレイレーダーを採用しているのを見れば解るように、これらの技術は新技術につきものの初期不良をおしてまで採用する価値があるものなのだ。
 F-2は使いつづけるべきだ。F/A-22が本量産の前に先行量産型を用いて問題点の解決を図っているのと同じように。

 このように記しつつ思う。かなわぬであろうなと。
 それならば、せめてACTIVEプログラムのF-15と同等の改造をした機体にならぬかと思う。
 日本の国情を考えれば、短距離離着陸性能は重要な要素だからだ。

二六六四年一一月四日

 ブッシュ大統領再選確定ということで、拙者の予測は外れ。
 どこぞの誰かのように外れに関してはスルーするのも潔くないので、はっきりと誤りを認めよう。
 メディアコントロールの傾向からだけみれば、CIA、パウエル氏、ラムズフェルド氏と、ブッシュ政権の身内からもブッシュ氏再選に不利な真相が発表されていただけに、意外な結果でござったよ。
 経過を見て、オハイオでの集計の結果の大逆転(戦争ビジネス屋に組みするものを炙り出すため)が準備されているものと思っていたが、ケリー氏がさっさと投げてるし。
 拙者の読みはほとほと浅いな。

 まあ、いいさ。この結果はマクロでみれば米国の衰退をより早めるだけに過ぎぬ。
 見方によってはかえって好都合というもの。
 今のブッシュ政権は沈みかかった船。パウエル氏は去るし、ラムズフェルド氏もライス氏もいずれ去るだろう。

二六六四年一一月三日

 とある漫画誌に連載されていた株取引を題材にした漫画の内容が気になったので、その話でもするか。

 拙者、この漫画の株を扱う技法の紹介の仕方に疑問を感じる。
 柔道の修練においてまずは受身を教えるように、相場取引においてはまずは損失を最低限に抑える方法を教えるものだ。
 「損切り」とか「つなぎ売り」とかな。
 損切りはそのまんま株価が一定ライン(購入額の八割とかな)を割った株は損でも売ること。
 つなぎ売りは空売りを利用して株価下落による所有株の損失を防ぐこと。手持ちの株を売らずに空売りで損益を中和するというわけだな。
 まあ、どちらも相場で身を滅ぼさぬために最低限知っておくべき防御方法というものだ。
 空売りとは、株価下落が予測される株を他人から借り、現在の株価で売り、値下がりしたところを買い戻して返して、差額を利益とする方法。
 古来より「相場は売りから入れ」という。それくらい基本となる方法だ。
 上がる株を予測するより、下がる株を予測する方が容易いからな。
 空売りは、投機的空売り(大量の空売りで株価を急落させ、その後、買い戻す方法)の影響で規制が強化されてきてはいるものの、売買単位の少ない個人投資家の取引は適用除外。
 教えておいても良いだろうに。
 というわけで、初心者を対象にしているにも関わらず、損切り、つなぎ売り、空売りといった技法を教えないのはどうかと思う。
 主人公の父親の株が急落したときなど、つなぎ売りを教えるのに絶好の機会であったろうに、買い足す方法ばかり教えてどうするというのだ。

 とまあ、どうしようもない漫画だのうと思っていたわけだが、拙者、この漫画の手法で笑ってしまったものがある。
 まず対象にショックを与え、対象に救いを求める心をおこさせ、対象に「救われる方法」を提示するという手法のことだ。あまりに頻繁に使われていたので一回りしてギャグになっておったな。
 階層化する暗黒の将来だの国債暴落だの預金封鎖だの、まったく色々あるものだ。
 これ自体は頻繁に使われる手法ではある。テレビのコマーシャルしかり、カルトの勧誘しかり、外資の手先のエコノミストの言説しかり。くどいものよ。
 それでもって提示する「救われる方法」が実は地獄への片道切符ということもよくあることだ。
 まあ、なんだな。この漫画、個人的には、世間知らずの若造をカモとして相場の世界に引き込むための宣伝漫画にしか見えなかった。

 批判だけではなんなので、作中で説明不能とされた「急落した相場がそれ以上に急上昇する現象」について説明しておこうか。
 これは概ね、拙者が「空売り狩り」と呼ぶ仕掛けでないかと思われる。
 仕掛けは簡単。
 まず、所有株を相場を急落させるほど売り(空売り併用可)、他の投資家がつられて所有株を売ったり空売りをしたところで相場が急上昇するほど一気に買う。それだけだ。
 このようにすると、急落につられて空売りした者は損をし、仕掛けた者が得をするということになる。
 まあ、仕掛けの準備として一銘柄の相場を動かせる程の資産と「信用」が必要だがな。
 所有株に投機的空売りを仕掛けられた際は、資本力が相手より勝っている場合に限り、逆に投機的空売りを仕掛けた側から金を奪う対抗手段ともなる。

 もし、これを読んでいるのが、これから相場の世界に身を投じようという者であるならば、拙者は現代の投機的な相場には参加しないことをお勧めする。
 相場の読み方や情報の集め方に関する経験を積んだ相場師や、相場を操る様々な仕掛け方を知っている仕掛け人を相手に売り抜けられるというなら挑戦してみるのもいいだろうが、大抵の場合、カモにされるだけであろう。
 今の相場は場に皆が出した金の奪い合いに過ぎず、マクロ的に見れば相場師や仕掛け人がカモから金を奪う狩場にすぎない。
 個人投資家で儲けたとしても、それはマクロ的に見れば自分よりさらに弱いカモから奪った金だ。

 株式の本来の目的は未来への投資。
 ある会社が資金源として株を発行し、購入者はその会社の未来への投資として資金提供のためにそれを買い、見返りとして配当や株主優待を得るというのが本来の株の姿というものであろう。
 投機と化した今の相場は拙者には魅力は無い。
 金の餓鬼道に落ちた金の亡者どもが勝手に共食いをするにさせておくがいいと拙者は思う。
 はっきりいって今の相場と比べればギャンブルの方がまだマシというものだ。

 ついでだからギャンブルにも触れておくか。
 リスクとリターンを考えればルールと確率がはっきりしているギャンブルの方が投機より遥かに儲けやすい。
 ギャンブルで儲ける機会は平等。相場は不平等。金儲けが目的ならギャンブルの方が良い。
 方法次第ではほぼ確実に儲けることもできる。
 古典的な方法に倍々方というものがあるので紹介しておこう。
 まずルーレットで赤か黒のどちらかにかける。仮に5ドルとしておこうか。
 負けたら次は10ドルをかける。それでも負けたら次は20ドルをかける。
 このように賭ける金を倍倍に増やしていくわけだ。
 赤黒のオッズは二倍。
 仮に20ドルの時点で勝ったとすれば、40ドルが帰ってくる。
 トータルでの儲けは40-20-10-5=5で5ドル。つまり最初の5ドルの賭けで勝ったのと等価ということだな。
 赤と黒のどちらかで当たる確立は18/38と、ほぼ1/2でマクロ的にはほぼ確実に儲けることができるというわけだ。
 あまりにも確率を無視して外れつづけるのであれば、ほぼ出目が操作されていると考えて良いので、その台からは離れればいい。引き際を決めるのも簡単だ。
 このように、実例をもってルールと確率がはっきりしているギャンブルの方が儲けやすいことは証明できる。
 まあ、日本にはそのような賭場は公式には存在せぬから、これをやりたいのであれば、ラスベガスなど海外へ行く必要があるがな。

 拙者としては相場もギャンブルも勧めない。
 金の亡者ならともかく、人にはもっと有意義な時間の使い方があるというものだ。
 金は使われるものではなく使うもの。

二六六四年一一月二日

 露西亜との関係強化について補足しておこう。
 21世紀の日本の最大の脅威は、高成長を背景に急速に軍事力強化をし太平洋と東南アジアに進出せんとする中国と拙者は考える。
 友好・非友好の問題は別としても、利害が衝突する以上、対立は避け難いからだ。
 今のままでは日本にとって中国の将来の脅威は大きい。
 しかし、現状、中国軍の装備は二流以下。
 中国首脳にしてもこのままでは戦争になっても負けることは解っている。(つまり、中国軍の装備を国際的に見て二流以下に留めることが戦争を防ぐことになる)
 ゆえに多少国民感情を煽ることはあっても真っ向からの対立は避けている。その一方、装備を一流のものにすることに地道を挙げている。
 このような、中国軍の装備の近代化に対して日本が取れる対策は概ね二つ。
 一つは中国軍の装備の近代化の速度以上の速度で自衛隊の装備の質を向上させること。
 もう一つは、中国軍の装備の近代化の速度を遅らせること。
 一見、後者は無理と思えるが、実は案外簡単だったりする。
 露西亜に資金を提供すれば良い。
 露西亜政府は極貧状態で自国の軍需産業が最新装備を開発しても装備を更新できないほどの状態。
 当面の脅威ではない。
 その露西亜は最新兵器を含む武器の輸出で外貨を稼いでいる。
 対印度輸出用のSu-30MKIなど、フェイズドアレイレーダー、カナード翼、推力偏向機構など露西亜国軍もほとんど更新できていないような最新装備を持った新鋭機だ。
 その一方、本音では、国境を接した中国に最新装備を売りたくはない。対中輸出用の機体の仕様を見ればそれが良くわかる。
 だが、貧乏には勝てず、近年では金のある中国に最新装備を売り渡す傾向にある。
 というわけで、金さえあれば中国に最新兵器を売りたくない露西亜と近づき、資金提供することは、交渉次第で中国軍の装備の近代化の速度を遅らせることを可能とし、日本の対中戦略において有意義ということが証明できるわけだな。
 戦わずして勝つのが最善というもの。それがかなわぬなら、確実に勝てる状況を作っておく。
 拙者は良いと思うのだが、あまりにも誇大妄想に過ぎるかな。

二六六四年一〇月二三日

 このところの親米保守の言動に、拙者、脱力でござるよ。
 要約すれば、日本の自主独立は米国に匹敵する超軍事大国とならない限り無理だし、そんなことをすれば経済的に破滅するから現実的ではないということだな。
 ばかげている。
 もし、日本が中露に取られた場合、米国はどうなる?
 太平洋での覇権を損なうし、第一、日本からの金や工業製品なしに米国経済は持たない。
 つまり、日本の破滅は米国の破滅も意味する。
 よって、日本が米国以外の国に占領されるという事態を米国がみすみす見逃すということはありえない。
 日本が独自路線を打ち出しても、日米の軍事的な同盟関係は揺るがぬし、日本への侵略を米国が黙認するはずも無い。
 むしろ、日本が独自路線を行こうしたときに米国が日本を再占領する可能性を考えた方がいいというものだ。
 もっとも、アングロサクソンの気質を考えれば、日本が自主独立の道を行くのを止められないのであれば、むしろそれを支援すると思われる。
 「妨害しても無理ならば、むしろ友達になって実利を得よう」というのがアングロサクソンの考え方だ。
(例えばかつての日英同盟。配下にできぬのであれば対等な同盟関係を結び相互利益につなげるというわけだ)

 そういうことが解っておれば、日本が自主独立に必要とする軍事力の程度も自ずと判るというものだ。
 規模としては中露の侵攻を跳ね返すくらいの軍事力となる。
 そして、現時点の自衛隊の戦力でも米国以外の国の侵攻を跳ね返すには十分すぎるほどなのだ。
 むしろ、イージス艦などの現時点の軍事力は周辺国に脅威を与えるくらいといっても差し支えない。だからといって安心というわけではなく、周辺国とバランスをとりつつ更新しつづける必要はあるがな。

 こんな少し先の先のことを考えれば明らかなことを解らずに発言しているのであれば、親米保守は目先のことしか考えられぬ愚か者だし、解って発言しているのであれば、米国の一部勢力による日本の奴隷化に協力する工作員と思われても仕方なかろう。
 ほとほとあきれたでござるよ。
 知能の程度を疑う。裏の裏を読み、先の先を考えてようやく人並みというものであろうに。

 まあ、なんだな。
 小泉政権や親米保守の「ブッシュでなければ困る」発言は、親米保守の言うところの「日米同盟」が、実質、ブッシュ大統領を取り巻く戦争ビジネス屋との同盟に過ぎぬということを明らかにしたわけだ。
 そんな同盟。日本国民にも米国民にも負担の大きい不幸な同盟というもの。
 日米双方で戦争ビジネスを縮小させる同盟の在り方を模索すべきというものだ。

 他にも、やたらと米中戦争だの中台戦争だのと騒がしいが、バカバカしい話でござるよ。
 米中の経済的な接近振りを考えれば、そういう話は米中の支配層どうしで話がついている戦争ビジネス屋のための公共事業ではないかと思える。
 なにせ米国は軍需産業と手厚く保護された自動車以外の産業はボロボロの十年に一度は大きな戦争をしないと経済が持たない国だそうだからな。
 そのような戦争があるとすれば、それは一部の人間の金のためだけのくだらない戦争だ。
 日本はそんな戦争に協力する必要はないし、とばっちりを避けるためには起こさせてもならない。
 日米中で戦争するよりも利益の大きい経済関係を構築する方が、遥かに建設的だし戦争抑止力ともなる。
 もっとも、こういった話は当分米国の経済が安泰という前提での話、前提が崩れれば論理も変わる。米国のあのようなばら撒き財政、いつまでも続くわけが無い。米国経済崩壊後の身の処し様も考えねばな。

 拙者の言う所の「戦争ビジネス屋」について簡単に説明しておこう。
 軍需産業による破壊と建設業による建設をセットで行うことで戦争で財を成す企業連合のことだ。侵攻地が資源地帯であるならば、それに資源産業やエネルギー産業も加わる。
 なんとなくベクテルだのカーライルだのハリバートンだのといった企業名が思い浮かぶな。

 親米保守のいう所の、外交において米国に追随するしかないというのも奇妙な話だ。
 拙者、対案として露西亜と印度に近づくということを挙げるな。
 露西亜に近づくことはエネルギー供給先の分散につながるし、北方四島の返還につながるかもしれぬ。
 印度に近づくことは交易上やシーレーン防衛上でのメリットが大きい。
 いずれに近づくことも有事の際の中国への牽制ともなる。
 米国一辺倒より遥かに戦略的な選択というものだ。
 ただ、付き合いにおいてはギブアンドテークの中身をはっきりさせておくべきだな。
 例えば北方四島。「金銭的・企業的な支援の代わりに返還」といったように具体的に内容を取り決めないと百年経っても帰ってこないであろうな。
 与えれば、相手も返してくれるだろうという考えは甘すぎる。
 露西亜は日本からの援助を欲しがっているし、日本との経済的つながりを欲しがっている。
 相手の欲しがっているものを提示して具体的な見返りを求めるのが取り引きの基本というものだ。
 あと、露西亜と戦闘機を共同開発というのも面白いかもしれぬな。S-37をベースにステルス戦闘機を開発するという話だし、最早40年前の機体で性能的寿命が尽きつつあるF-15を買い増すより遥かに良いと思う。米国がF-22を売ってくれないのであれば選択に値する方法と思うでござるよ。
 おっと、最後のは、前進翼ステルス戦闘機って良いだろうなと思う、ただの拙者の願望に過ぎぬな。妄言というものだ。(現実的には前進翼は、その制御の難しさや空気抵抗による速度低下などから、ものになり難い。露西亜も前進翼はやめる気のようだ)
 個人的には台湾との関係強化もして欲しいと思う。今の日本政府はあまりにも中国の顔色を窺い過ぎでござるよ。

 そうそう、軍事開発だが、ミサイル防衛なんて与太話にしか聞こえぬ。
 研究は良いと思うが、配備は現代の技術力では飽和攻撃の前には無力。
 むしろ、シェルター構築やいざという時は滑走路としても使える軍事仕様高速道路の整備など、やられた時にきっちり反撃できる態勢を整えた方が良いというもの。
(核弾頭SLBMと潜水艦の組み合わせは日本では政治的に難しいからな)
 きっちり反撃できる相手に攻撃してくるものは普通いない。余程のバカでない限り。
 戦闘機基地シェルター化一件で200億円程度。対してミサイル防衛は総額1兆円以上。同じ金ならミサイル防衛に使うより、シェルターや軍事仕様高速道路を大量に作った方が遥かに効率的で効果的というものだ。
 技術を知らぬものほど技術の力を過信するものだ。困ったものでござるよ。
 まあ、なんだな。どうせなら既に技術的目途がついているステルスへの早期警戒態勢の確立をして欲しいものだ。赤外線方位測定とレーザー測距といった感じで既に可能なものも多いのだから。
 さもなくばステルスと超音速巡航といった、これからの兵器群に対応できなくなってしまうでござるよ。
 空母導入もバカらしい話だ。
 大鑑巨砲主義が終焉を迎えたように、航空母艦主義も終焉を迎えつつある。
 これからの海上軍事力はミサイル戦闘艦と多目的強襲揚陸艦の時代。空母を使うくらいなら、有事の際のみにメガフロートで代用した方が良いというもの。空母専属の人員も要らぬし、そもそも陸上機が使えるからな。
 これからの時代、空母など対艦ミサイルや魚雷で沈む脆弱で非常に高価な費用対効果に劣る代物に過ぎない。

 話は代わって、名前は伏せるが、寝ぼけたことを書く者がおるので、それにふれる。
 その者、以前はブッシュ大統領の再選は確実なようなことを書いておったが、ブッシュ大統領の旗色が悪くなると「どっちになるかは50%50%なのだから予測しない」と逃げに入りおった。
 おまけにブッシュ政権が日本に対して損害を与えていないだと?
 日本のせいもあるが、ブッシュ政権に追随することで日本は中東の親日感情を大きく損なってしまった。ブッシュ政権追従の結果、日本がテロに狙われる危険性も増している。
 親日感情の喪失やテロの危険性といった金に換算し難い損害では認識できないのであれば、原油価格値上がりによる損失はどうなる?
 イラク戦争前はせいぜい25ドル前後だった原油価格が今では50ドルを越えている。(今朝の新聞では55ドルを越えていたぞ)
 単純に計算しても、原油値上がり価格に石油輸入量をかけた分の富が日本から流出しているし、その損害は今も拡大しつづけている。これは明確にブッシュ政権の責任だ。
 こんなことも見えぬあたり、夜郎自大のいいかっこしいが自らの薄っぺらさを曝け出したといったところか。
 まあ、人のふり見て我がふり直せ。拙者自身も戒めねばな。ソクラテスのように謙虚でありたいものだ。

 あと、創造的破壊についても解説しておくか。これは新たな進化のためには破壊が必要というカルト的思想だが、外資の手先にこれを振りかざすものは多い。
 なるほど、確かに恐竜が滅びて哺乳類が栄えたという歴史を考えれば、創造的破壊による進化は成り立つかもしれない。
 しかし、この本質を考えてみよう。
 過酷な環境の変化による厳しい状況は恐竜を進化させたのではなく恐竜を滅ぼし、それによって生じた空白に哺乳類が進出できた。
 つまり、創造的破壊による進化とは、在来種が滅びた後の空白に新種が入り込むことによって成立するものであり、新たな繁栄は新種にとって代わられることを意味し、在来種が再び栄えることではない。
 なるほど。「創造的破壊」の目的が良くわかる話だ。
 外資の手先が盛んに主張するのもうなずける。
 彼らの「創造的破壊」とは、日本において「新種」たる外資が進出しやすいように「在来種」たる日本企業を潰すということを意味しているというわけだな。
 ゆえに日本政府に干渉して経済緊縮政策をとらせ厳しい状況を作り出す必要があるわけだ。
 やれやれでござるよ。

 純朴な人には理解できぬようだが、世の中には、人と人を憎しみあわせて利益を得ようとするもの、人を支援して自分の目的に利用しようとするもの、人をおだてていい気にさせて利用しようとするものなど、自己の利益のためには形振りかまわぬものがいる。
 一人一人が知恵を鍛えて、そういう現実に対応してほしいものだ。
 知恵及ばず、そういった連中に煽動されて思うように動かされるのであれば、操られる方も悪いと拙者は思う。
 キリストであったであろうか。「蛇のように聡くあれ」といったのは。
 悪に対抗するには悪と同等以上の知恵が必要という教えだ。
 まあ、悪党な拙者の言うことではないが、肝に銘じておいて欲しい言葉だ。

二六六四年一〇月一〇日

 「偽善的な道徳論」に関する補足。
 道徳自体は人類が長い歴史の中でお互いに調和の中で生きるために生み出したものであり、大切にすべきものだ。(時代の流れと共に変わるものだがな)
 問題は、それを逆利用して他人を批難したり貶めたりするのに用いる人間がいることだ。
 イラク邦人人質事件における人質批難や、小泉首相の訪朝結果を批難した拉致被害者家族会に対する批難がその例だな。
 政府の失態を糊塗するために小泉首相に組みする保守系メディアが行った批難キャンペーンは記憶に新しい。
 つまり、道徳自体が偽善的なものということではなく、道徳を偽善的に用いて人心を誘導しようとする者とそれに引っかかる者がいることが問題ということだな。

 CIAによる大量破壊兵器不存在報告について。
 これは内容自体は以前から明らかだったことを、改めて誰にでも(信じようとしなかった保守系言論人など)納得できるように証明してみせたに過ぎない。
 問題なのは大統領選挙前という発表された時期だな。
 この時期になったのはケリー候補を当選させるためのものという可能性が高いと拙者は思う。米国民の投票行動にできるだけ大きい影響を与えるためにこの時期を選んだのではなかろうか。
 拙者は、米国によるイラク統治の失敗がほぼ明らかになった段階で、米国の巨大資本層はブッシュを外しケリーを当選させるオプションを選択したと見ている。
 今までの報道内容はその予測に沿うものだ。
 その一方で米国の戦争ビジネス屋層にとってブッシュ大統領は都合のいい大統領だ。
 メディアコントロールの結果、ケリー候補の当選がほぼ確実となれば、何らかの事件をおこして選挙の延期を図るなどの強硬手段に出てくる可能性が高いと思う。
 はてさて。

二六六四年九月一三日

 今日はオカルトに影響される人間の使い方のお話。
 オカルトに影響される人間は概ね二種類に分類できる。
 純粋に黙示録などの預言を信じてしまう種類の人間であるオカルト信者系と、世の中には万能の影響力を持つオカルト組織があって数々の事件を引き起こしているというトンデモ系だな。
 それぞれにそれぞれの利用法がある。

 まずはオカルト信者系。彼らは黙示録の預言や諸世紀の予言などに基づく未来予測を信じてしまう。
 そして、元々その手の預言や予言というものがどうとでもとれる比喩(メタファー)の集合体であるという事実は無視してしまう。
 おまけに様々なオカルト儀式が現実に対して影響力を持つことを信じ、それらに対する科学的な検証結果は無視してしまう。
 そういう人たちに「黙示録の反キリストとは何々だ」だの「東方の王とは日本だ」だのと吹き込んでやると、「黙示録ハルマゲドンの実現(とその後の救済の実現)」のために、中東大戦争をおこしたり日本をそれにひきずりこんだりするために尽力してくれたり、選挙ではその実現に役立ちそうな人に投票してくれたりするわけだ。いやはや冗談にしか思えぬが米国にはそういうことを真剣に信じてしまうキリスト教右派の人間が結構いてあまり冗談ではないのが怖いところだ。
(キリスト生誕に関係する東方の三賢者はゾロアスター教の祭司であるらしいなど、当時の「東方」の概念を考えると、当時の常識的には「東方の王」は遠くても印度辺りを指しているとしか拙者には思えぬのだが。諸世紀の「太陽の国」も日本ではなくイタリア辺りを指していると解釈する方が「当時の常識」的には自然であろうな。つーか、反キリストは国連だのEUだの米国だのと解釈する人間の都合によってどうとでも内容が変わるのはどうか。ただ、当たる予言の書き方とは、どうとでもとれる比喩を文章にちりばめておくことだ、とは言えるな)
 預言の実現や儀式の影響を思わせるいくつかの事件をおこしてやれば、「預言に基づく未来予測は真実なのだ」だの「儀式は現実に対して影響力を持つのだ」だのと「内心の常識に基づく疑念から目覚めて」さらにオカルトへの信仰を深めてくれるという按配。
 集金装置や集票装置や暴力装置として実に有効に働いてくれる種類の人間と言えよう。

 次はトンデモ系。
 彼らは、「象徴犯罪」を行うと勝手に「真相追求」をしてくれ、勝手に別のところから「真犯人」を探し出し、勝手に真実から遠ざかってくれる。
 例えば、ある種の犯罪に対し、それらしい数字の日時やそれらしい「儀式」などの「象徴(シンボル)」を残しておけば、後はトンデモ系が勝手に妄想を膨らましてフリーメーソンだのユダヤだのと、自らの意思でトンデモ系陰謀説を流布して事件を荒唐無稽化してくれるだろう。関連する偽情報を流してやれば裏も取らずに盲信してくれるので、さらに完璧という按配。
 そんなトンデモ系に「裏の取れる明確な事実をもとに論理的に考えた方がいい」というような真っ当な忠告を行う人は、彼らに「組織の工作員」というレッテルを貼られてしまう。
 事件の真相を偽装するために実に有効に働いてくれる種類の人間と言えよう。

 トンデモ系もオカルト信者系も議論の相手としては虚しい。だが、「相手の望むような形で情報を与えることで操作する」ということは容易い。
 というわけで結論。トンデモ系もオカルト信者系も「操作」が容易な種類の人間である、ということでござるよ。

付記:
 拙者、別に組織による謀略を否定するわけではない。各種組織の存在を否定するわけでもない。
 ただ、万能組織と過大評価したり、別組織の偽情報や偽装工作にひっかかったり、誤誘導で物事の本質を見失ったりするなというだけのことでござるよ。
 フリーメーソンが実在するのも事実だし(実在するのは所謂陰謀組織できなく、金持ちの社交クラブだがな)、世の中に様々なカルト組織があるのも事実だ。だからといって、謀略が彼らのものとなるというわけではない。むしろ、真の謀略の主は決して表には現れようとはしないものだ。(ゆえに様々なスケープゴートが予め準備されていたりするわけだ)
 彼らは万能ではないし、彼らは彼らの組織力の範囲でしか影響力を持たない。組織内部での派閥争いもあれば、数々の組織間での同盟や敵対というものもある。また、彼らにしても偶発的な事件や末端の構成員がときにとってしまう愚かな行動に対してはどうしようもない。
 また、拙者のような誰でも集められる情報からぐだぐだ言ってるだけの人間や、根拠の無い妄想を垂れ流しているだけの人間が、いきなりこの世から消されるということもない。危ないのは実際に事実を解き明かそうとするジャーナリストだったり、ある種の組織にとって都合の悪い政策を取ろうとする政治家だったり、ある種の組織につながりがあって捕まると芋蔓式にしょっ引かれるハメになりそうな人間が捕まりそうなとき、あるいは捕まったとき、というようなものだ。(そして、ときには自殺として、ときには病死として、事実は隠蔽されるわけだ)
 まあ、ある種の組織の目につくような行動をすれば、マークされることはあるかもしれぬがな。
 で、どのようなことになるかといえば、その組織の「細胞」がプロバイダにいれば住所や名前といった個人情報が漏れる上に閲覧したサイトやメールの内容等がチェックされたりするかもしれぬし、ときには嫌がらせにメールボックスの内容を削除された上にヘッダー情報の無いウイルスメールがおかれているかもしれぬし、クレジットカード会社にいればカードの使用履歴が漏れるかもしれぬし、近所にいればゴミ漁りをされて個人情報を推測されたりするかもしれぬし、車にエンスト装置が仕掛けられていたりするかもしれぬし(オートマだとパワステ、パワーブレーキといったパワーアシストがきれてしまうので、非力な人だと危険)、職場などの身近な環境に間抜けな構成員がいたりすると構成員自らがそういうことを漏らしてしまうかもしれぬ。様々な細々とした事態が考えられるな。
 そういう意味では構成員が多く社会の各部に浸透している組織にマークされると色々と鬱陶しいことがあるかもしれぬ。
 しかし、その手の組織の人間も社会を構成する一員なので、余程のことが無い限り、あまり無茶はできぬ。
 あらゆる組織において人的資源は有限であるわけだし、一個人を常時監視するために人員を割くことができるような組織は少ないし、どうでもいい人間の常時監視というメリットの無いことに人員を割く組織など殆んど考えられぬな。
 万能組織の幻影に強迫観念を持つのは、メリットとデメリットを比較して論理的に考証できない人間や自分という人間を客観的に見れない人間の所作といったところか。
 やれやれでござるよ。

二六六四年九月七日

 露西亜においてチェチェン絡みでテロが連続しているが、これらはおこるべくしておこった事件といえよう。
 911以降、世界は変わった。露西亜によるチェチェン弾圧も中国によるチベットやウイグルにおける弾圧も「テロとの戦い」として正当化され、米国はそれらに対する批難を止め、一般メディアもそれらの大国による小国弾圧を無視するようになった。
 露西亜も中国もただの善意で米国の「テロとの戦い」を支持したわけではない。まったくもって世の中には偽善独善が溢れているものだ。
 拙者としては、そのような偽善独善に感動する愚か者が多いことの方にうんざりする。

 チェチェンに関して是非読んで欲しい本がある。

チェチェンやめられない戦争

チェチェンで何が起こっているのか

 資源を巡る争い、そして、それにより犠牲になる数多の一般市民の悲劇。
 繰り返される憎しみの連鎖を本質的に解決するためには、虐げられる者の立場で考えることや弱者をいたわる気持ちを持つことが大切だというのに、それができない者が世の中には多いようだな。
 拙者、テロを正当化する気持ちは毛頭無いが、保守系メディアの公平性を欠いた一方的な批難には辟易する。
 もともとこの手の不正規戦は弱者が強者に対抗するための戦術。いくら手口を批難したところで解決するわけが無いのだ。
 まあ、もともと弾圧する側の太鼓持ちで、偽善的な道徳論で読者を誘導することが目的なのだから、いたしかたないのであろうな。やれやれでござるよ。

二六六四年八月三〇日

 「小泉の波立ち」というサイト、非常に面白い。一部、筆者の先入観による思い込みが激しい部分があるが、全般的に論理的で、納得のいくことが多い。筆者独自の経済理論が展開されているが、物事の本質を上手く捉えているため既成の価値観による先入観を廃せば理解は容易い。筆者が編纂した経済関連の本が発売されたら是非購入したい。

 八月六日分に三国同盟に関する補足を追記した。拙者は拙者なりに資料をあたり歴史の本音の部分をそれなりに知り、それに基づいて書いている。拙者自身の愚かさ、知の限界は重々自覚しているし、それを認めることに吝かではない。しかし、煽動情報を真に受けるような人間の感情的な批判はごめんこうむりたいものだ。

二六六四年八月二〇日

 クルーグマンとスティグリッツの本が非常に面白い。
 拙者、目から鱗が落ちまくりでござるよ。
 ああ、経済の本質に対する拙者の理解はまだまだだったのだなあと。
 需要喚起政策は公共事業では限定的効果しか得られずに駄目だし、インフレ目標は通貨の量的緩和では駄目なのだということが、ようく解った。
 景気回復のための需要喚起には大幅減税、景気回復後に増税、そして税率を調整することで景気を一定のレベルにコントロール。それが答えだったのか。
 自らの愚かさを反省するでござるよ。

二六六四年八月一九日

 東シナ海日中境界海域での中国による天然ガス採掘施設問題、政府の曖昧な対応にはうんざりするでござるよ。話し合いで解決するなどと主張しておるが弱腰外交ではいいようにやられるだけだ。
 この件で特に注目すべきことは、開発にあたって中国が米国企業を引き入れていることだな。
 これは上手い方法だ。米国のエネルギー産業を味方にすることは米国政府への強力なロビー活動ともなる。
 特に現米国政権はエネルギー産業の利益代表が多いからな。
 このままでは下手をすると米国の方が親中路線に転向してしまうかもしれぬぞ。(親米保守のいかん所は背後の米国を無視して中国だけを感情的に攻撃していることだ。それでは本質的な対策とはなりえぬ。もっと政略的、戦略的な思考を身につけるべきだな。)
 日本の方も米国企業を引き入れて開発を行うくらいの気概を持たぬと対抗できぬというものだ。そうやって「米国へのロビー活動」を行いつつ、米国政府に働きかけて中国に圧力をかけてもらい、しかる後に話し合いを有利に進める、というのが常識的な交渉というものだろうか。(ナホトカルートのからみで露西亜と接近するのも良いかも知れぬな。「あまり軽視すると日本の方が米国から離れかねぬぞ」と米国に警告する意味でな。)
 日米同盟云々の主張は気楽過ぎる。米国は国益のためには平気で日本の頭越しに中国と手を結ぶ国であるし、そういうのが国際社会の常識だ。親米保守は日米同盟という言葉に自己陶酔しておるのではないか?

 一番いかんのは日中共に、こういう事態がおこる度に排外的民族意識にかられて怒り狂う連中だな。そういう単純バカは戦争ビジネス屋が喜ぶ結果しかもたらさない。

二六六四年八月六日

 近頃、わが国では地政学という言葉が復権してきておるようだな。ネットなど個人レベルでも情報発信が可能な情報インフラの整備に伴い「見えない検閲」が綻びてきているのだろうか。
 まあ、それ自体は悪いことではないし、むしろ望ましいともいえよう。
 問題なのは昨今の地政学論者にオカルトな連中が多いことだ。

 はっきりと言っておこう。拙者にしてみれば、国際戦略理論や地域戦略理論としての地政学は科学だが、シーパワーとランドパワーを聖書のリヴァイアサンとベヒモスに例えたり、侵略を正当化するためのイデオロギーとして用いる地政学はオカルト。
 「日本はシーパワー国であるのだから、同じくシーパワー国である米国や英国と手を組むべし」という説は、オカルト地政学をもって二元論的に視野を狭めることにより、現実の状況に関わらず日本を米英と組ませるためのプロパガンダに過ぎぬと拙者は思う。

 確かに歴史的には、明治に英国と組んで成功し、先の大戦において独逸と組んで失敗し、戦後は米国と組んで成功したという経緯がある。
 しかし、それをもってシーパワーと組んで成功しランドパワーと組んで失敗したというのは論理の飛躍というもの。

 実際の歴史的経緯を考えてみよ。
 英国に替わって世界覇権を狙う米国が日英同盟を破棄させたのではなかったか?
 日本を経済においても国際関係においても追い込んだ米国の対日政策が、米国に対抗するための日独の同盟に繋がったのではなかったのか?
 先の大戦においては、(オカルト地政学を振りかざす者が同じシーパワー国と称する)米国自身がランドパワー国であるソ連、中国と組んで日本を潰したのではなかったのか。

(08/30追記 三国同盟についてはこちらを参照のこと。戦史叢書にこの通り記載されている。世の中には「対ソ同盟」という建前が流布されているが、本音は対米英同盟だったということだ。世の中に本音と建前があるのは今も昔も変わらない。)

 先の大戦に敗北したのは独逸と組んだからではなく、米国が親ソ親中反日となり干渉してきたのが原因。加えて、どうしようもない帝國海軍の戦略間違い。
 「シーパワーと組んで勝った」とか「ランドパワーと組んで負けた」というのが、いかに歴史的な繋がりを無視した荒唐無稽な話というのが判ろうというもの。

 (なんのことはない。勝つためには手段を選ばない無法者国家である米ソ中に国際戦略で負けたというだけのことだ。当時、国際的に見ても高度であった生物化学兵器による無差別大量殺戮戦略を実戦に使用せず、日ソ不可侵条約を律儀に守った当時の日本は随分とバカをみたものだ。その見返りが米国による原爆投下とソ連の条約違反な侵攻と北方領土占領なのだから。)

 そもそもオカルト地政学に拠ってシーパワー国同盟を唱える者は、シーパワー国どうしが覇権を巡って潰し合いをしてきた歴史を認識しているのか?
 かつてシーパワーにおける覇権国であった西班牙(スペイン)は英国との戦争で覇権国の位置を奪われ、メイン号事件からの戦争で米国により列強の位置から叩き出された。米国は、英国の覇権維持に役立っていた日英同盟を破棄させ、日本への資源供給を断つことで日本を(英蘭の植民地であった)東南アジアの資源地帯に攻め込ませ、その結果、英蘭を弱体化し覇権を強化した。
 同じ白人国どうしでこれだ。拙者にはシーパワー国同盟など砂上の楼閣にしか見えぬな。
 手段の一つとしてシーパワー国同盟を否定はせぬが、選択肢を狭めることはない。無条件の追随は足元を見られるだけというものだ。

付記(あるいは腐記):
 あー、そうそう。オカルト信者のために誤解の無いように付け加えておこう。
 拙者はオカルトをバカバカしいとは思うが、オカルトを学ぶことをバカバカしいとは思わぬ。
 オカルト地政学にしろ黙示録予言にしろ数秘術(カバラ)にしろノストラダムス予言にしろ、そういったオカルトや宗教について詳しく知ることは、オカルトや宗教を信ずる人間やそれらを利用して世の中を操作したい人間の行動を読むのに役立つからな。世の中には予言が「ハルマゲドン」とか「世界統一政府」とか「世界新秩序」の到来を示していると信じている者もおるし、世界を自分勝手に作りかえるためのお題目として、そういったことを流布したり利用したりする人間もいる。バカバカしいことだがな。

 それと、まったくどうでもいいことだが、拙者、20010911は19990811の失敗に対する「数字遊びが好きなオカルト信者」の意趣返しかもしれぬと思うときがあるでござるよ。(英語での9月、つまりSeptemberはラテン語で「7の月」)  まあ、20010911と20040311の「911日の間隔」とか「数字の対称性」とか偶然ではないとしたら、やたら数字遊びが好きな連中が犯行計画を練っているのであろうな。
 311から119日を経た711は何も無かったが、米国大統領選も近いことだし、今年の811や911なんぞは結構危ないかもしれぬ。
 あるいは意表をついてあんな日付やこんな日付に…。バカバカしいな。妄想はこの辺でやめだ。

二六六四年七月一四日

 拙者自身、あまり人のことを言えた義理ではないが、ネット世界に事情通ぶった愚者が蔓延っており目に余るので書く。

 論理的な思考には己(おのれ)自身を客観的に見つめ己の内の先入観、偏見、願望、思い込みといったものを排除し、情報を好き嫌いではなく正当性で判断するといったことが不可欠。

 インターネットの普及は人々に膨大な情報に触れることを可能とし、各種検索機能はその中から必要な情報だけを選び出すことを容易にした。
 それにより、確かに人々は、かつては「タブー」とされていた種類の情報や国内では報道されないような海外の情報をも獲得できるようになった。
 しかしながら、その一方で「情報の選択性が向上した結果、自分好みの情報だけしか見ない」ようになった連中もおり、その結果、客観的な批判に耐えないとんでもない主張を大真面目に唱えるような愚か者を生み出す結果ともなっている。
 いや、世の中には「信じたいものだけを信じる」愚者が多いが、それが顕著になっただけといった方が正確かもしれぬな。

 連中は、イデオロギー的に最初から導きたい結論が決まっており、それを導くために都合のいい情報のみをつまみ食いする傾向が強い。そのためには、少し考えれば正当性の無いことがわかるような与太話を盲信してしまうことがままある。
 彼らの頭の中の情報処理では正当性より都合のよさの方が優先されておるというわけだ。
 くだらぬ。あまりにもくだらぬ。
 彼らが好き嫌いなく情報を収集し、その正当性を考証する姿勢を身につけぬ限り、彼らは所詮煽動される側の人間。煽動を試みる者の意向に踊らされて、それを再生産するだけに過ぎぬ。
 拙者にしてみれば、そのような連中はレッテル貼りを行い迫害することで自由な言論を封殺し、願望や現実的な裏付けの無い希望的観測で事を進め、先の大戦と同様の愚を繰り返そうとする愚か者に過ぎぬ。

 自説に都合の良い情報でも考証した結果、正当性が無ければ刎ねる。
 自説に都合の悪い情報でも考証した結果、正当性があれば受け入れる。
 事情通を気取るのであれば最低限その程度のことはすべきだな。

 確実にいえることがある。
 それは、獲得した情報の正当性を検証する過程を思考に組み込まない限り、真のメディアリテラシーには程遠いということだ。

 拙者か?
 拙者の場合は選り好みせずに海外も含む各種一般メディアから情報を収集し、その正当性を検証した上で、それらの情報から帰納的に結論を導き出すようにしておる。
 ただ、その結果がジョークのような結論にしかならぬだけだ。

二六六四年七月一三日

 親米保守には、今の日本の政策を指して、日本は「普通の国」になろうとしていると強弁するものがいる。
 その「普通の国」が「経済、資源、領土、国民の生命・財産の防衛に関する問題を武力で解決できる能力を持つこと」を指しているのであれば、解らぬでもない。
 しかし、どうやら違うようだな。
 連中のいう「普通の国」とは、他国の言うがままに海外に軍隊を出し、他国の言うがままに金を出し、他国の言うがままの政策を実行し、他国の経済侵略に対して為すがままの国を指しているようだ。
 どうやら、親米保守の定義するところの「普通の国」とは、拙者の定義するところの「属国」のようだな。
 どうりで話が噛み合わぬわけだ。

 やれやれ。今の親米保守は日本を自立不可能な米国の属国にせんとする真の売国奴というわけか。
 岸信介の頃の親米保守には不平等条約である安保条約を改定し日米で対等な軍事同盟を結び日本を真の独立国家にせんというビジョンがあったものだが、まっこと今の親米保守は堕ちたものだな。

 拙者とて米国との軍事同盟の重要性は認識している。
 しかし、それと米国の独善的で自己中心的な軍事行動や米国の対日経済侵略とは別問題だ。
 親米保守が真に日本と米国のことを考えるのであれば、米国の問題の多い軍事行動はそれを諌めねばならぬし、日本を維持するために米国の対日経済侵略に関しては断固対抗する必要がある。
 日米同盟を維持しつづけるためには、それを担保する経済力も必要というもの。
(米国にしても、米国が日本を経済的に攻撃することのツケは、中国への資本や技術の流出という形で米国にも周ってくることを認識すべきだ。いや、認識しているのだろうがそれは危険なオプションというものだ。そして、その危険性を認識して敢えてやっているのであれば、もはやどうしようもない)

二六六四年四月二九日

 ソルトレーク・オリンピックとサッカーワールドカップ2002に共通すること。
 それは不正審判あるいは不公平な審判。
 ソルトレークにおいて米国のそれが追及されることはさほどなかったがな。(カナダと露西亜のフィギュアスケートペア採点におけるフランスの不正審判という「餌」に食いつく者が多かったせいもあるが)
 まあ、あの手のイベントはビジネスであり、ショーであり、政治利用の場であり、国威発揚の場であり、非公式な賭博の対象であるわけだし、数々の人間の欲が絡んでいる場所であるわけだから、最初から公正さやモラルを求める方が間違っているというもの。(あそこまで露骨な政治利用目的のオリンピックはベルリン以来だなあとは思うがな)
 それをスポーツとして見るから不公正に対して怒りを感じることとなる。
 ひねくれ者で腹黒な拙者にしてみれば、あのようなイベントは「猿回しが猿を操る手段」を観察するのにもってこいの機会だ。情報戦や心理戦で人心を操作する手法が数多く使われておるからな。
 人間の行動は獲得した情報に大きく支配される。
 ゆえに与える情報を選べば、人間は与えられた情報により、情報を与えた者の意図の通りに思考し、その結果にもとづいて主張し行動する可能性が高い。
 情報を支配することができれば、人間を「猿回しの猿」にできるということだな。

追記:
 ワールドカップでは審判の買収が取りざたされたが、「買収した人物」は韓国勢とは限らぬと思う。
 裏世界のサッカー賭博の参加者かもしれぬし、そういった勢力と韓国勢などを含めた複数勢力の共謀かもしれぬ。
 だとすれば韓国勝利のオッズは高かったろうし、大儲けだな。
 「予言」していた者もいたが、案外、その手のルートから、情報を入手していたりしてな。
 ついでに言えば、「黄色い猿どもが俺たちの策略に乗って、いがみあっているぜ」と思っていた連中もいたかもしれぬ。
 推測に過ぎぬがな。
 ただ、確実に言えることは、あのようなイベントで、勝利を実力と勘違いして騒いだ韓国人も、韓国に関する報道をオブラートに包みまくりの日本のマスメディアも、むきになって怒っていた一部の日本人もみっともないということだ。
 あのようなイベントにムキになるようでは、パンと娯楽で飼いならされていた堕落したローマの大衆とさして変わらぬといえよう。

二六六四年四月二八日

 NGOは非政府組織。(挨拶)
 まあ、なんだな。アフガニスタンやイラクなど現地で活動している人間にしてみれば、日本政府が「余計なマネ」をしたために対日感情が悪化して、そのために活動がやりにくくなっていることをヒシヒシと肌で感じるわけで、感情的に「政府の横暴に見える行為」に対して反政府的な言動をするのは、むしろ人として当たり前な気がする今日この頃。
 そして、それに対して感情的にお上意識を振りかざして批難する日本政府。うーん、傲慢。
 だって、民主主義における政府って「お上」でなくて、国民全体の奉仕者であるわけだしー。
 現地において政府のやっていることより遥かに役立っているNGOの活動を見下すなんて何様なんだか。
 サマワの陸上自衛隊、「治安悪化に伴う活動自粛」で、現在、外国のNGOに給水活動などを委託しているわけで、なんのための「自己完結性」なんだか。なんというか、派遣正当化に用いられた「危険な地域でも活動できるから」という建前にまったく反した行動を政府にとらせられているわけで、不憫に感じることしきりだ。政府与党としては、選挙の前でもあるわけだし、問題が発生することをなんとしても防ぎたいのであろうが、派遣の建前はとっくに崩れているのに、見苦しい限りだ。
 結局、国民を騙すための建前を維持するためだけの派遣というわけだろうか。
 とりあえず、一連の政府側の発言を見聞きして思ったこと。
 「反政府イコール反日ではない」
 政府が間違っていることをしていると思ったら、それに対して意見したり行動したりするのが、成熟した民主主義国家の責任ある国民の態度というもの。むしろそれが自分の国に間違っていることをさせたくないと思う愛国者の姿。
 現状を見れば、「米国に隷属外交を行っている政府イコール売国奴集団」であるわけだし、拙者としてみれば、今の政府のやっている宣伝戦による言論封殺は、戦後日本のために一国民として是非防ぎたいところでござるよ。
 まあ、拙者にしても国際社会を支配しているのは、結局、パワーポリティクスとマキャベリズムだということは理解しているし、パワーポリティクス的に従うのもやむを得ぬと思うときもままある。
 しかしながら、日本政府の弱腰ぶりは度を過ぎておるな。経済的力関係を交渉の材料に有効活用できないあたり、マキャベリズムのマの字も無い。国際社会においては、力関係を把握した上で、交渉で少しでも有利な条件を引きずり出そうとするのが常識。それに対して日本は外交交渉が不得手で相手のされるがままだ。
(これではいつまで経っても北方四島を取り返せぬのも仕方が無い)
 外交交渉は昔から日本が不得意なこととはいえ、今になってもできぬのは歴史に学べていない証左でもあるわけで、情けないこと極まりない。
 そんなんだから、米国はもとより、露西亜や中国にさえなめられることとなる。
 やれやれでござる。

追記:
 イラク邦人人質事件に関して。
 掲示板への予告書き込みは偽情報。
 動画の「イッテ、イッテ」と聞こえなくも無い音声は、かの国の「お前、お前」という言葉の可能性が高い。(というより、そういう指示は日本語が解るなら当然カットすべき箇所だな)
 スニーカーを履いているのは良くあること。
 など、狂言説はボロがでまくりで、それについて論ずる者どもも語るに落ちた感が漂いまくりだな。
 今のところ各種狂言説は、撤退世論形成阻止と責任追及回避を狙った政府が猿回しとなって猿を操っていた可能性が濃厚といったところか。
 なんというか、近年の巨大掲示板は世論への影響力からネット工作員や愉快犯などが多数入り込んで偽情報や誤情報をばら撒きまくっているので情報の信頼性は甚だ低いのに、それを信じて踊らされる人間が多いことに皮肉な笑みを浮かべてしまったでござるよ。

二六六四年四月二六日

 米国はかなりの柔軟性を持つ戦略国家だ。
 現状認識から将来において予測される複数の事態を想定し、複数の内部集団でそれぞれの事態に応じた戦略を練り、状況の推移によって戦略を切り替えることで、現実が想定されるどの事態に転んでも国益につながるようにしている。
 そしてその結果、米国を脅かす事態でさえ逆利用して国益や企業益に変えてしまうことがままある。
 そのため、「推理」における「最大の受益者が最大の容疑者」の原則から、米国は数々の陰謀の主役という過大評価を一部の人々から得ることになっている。
 もっとも、今までの歴史で「自作自演未遂のラニカイ号事件計画」や「自作自演のベトナム東京湾事件」や「工作によるイランのモサデク政権転覆」のように数々の謀略を用いているので、そのように疑われても仕方がない部分もある。米国が荒っぽい謀略を用いるのは歴史の真実というものだ。

 さて、世の中にはイラクの現状を米国万能型陰謀論に基づいて全ては米国の思いのままと評している人達がいる。過大評価もいいところだと拙者は思う。
 拙者にしてみれば、今のイラクにおいて米国がおかれた状況は、どっちに転んでもいいようにオプション(選択肢)を設定した結果に過ぎぬし、上手くいっているようにはとても見えぬな。
 予定されているCPAのイラク暫定政府への政権移譲とイラクの米国大使館への外交官増員にしても、状況の推移に伴うオプションの切り替えというものだ。
 タカ派ラムズフェルド氏の国防省戦略から中道派パウエル氏の国務省戦略への移行というだけのことであろう。(平たく言えば、タカ派の戦略が失敗したので、その戦略の方向性の一部を引き継ぎつつ、中道派の戦略に切り替えるというわけでござるな。まあ、なんだな。拙者の見立てでは、米国は未だイラクにおける利権を独占することを諦めてはいないというわけだ)

 人間の行動はその立場や獲得する情報に大きな影響を受けるので、心理戦や情報戦に長けていれば確度の高い謀略を仕掛けることは可能だ。しかし、それは確実というわけではない。
 謀略を仕掛けた人間の予想外の方向に事態が推移することもままある。

 拙者にとって米国万能型陰謀論は現実性を欠いたものに過ぎぬ。反米勢力に絶望を抱かせるための心理戦には使える発想ではあるかもしれぬがな。
 人間は全知全能ではない。そして米国を動かしているのも所詮人間。万能たれという方が無理というものだ。
 とりあえずだ。これからのイラク、頭が良くてバランス感覚もあるパウエル氏がどのような采配をふるうか見ものというもの。
 状況がここまで悪化していると、どんなに能力が高い人間でも建て直しは困難というものだが、未来の大統領を目指している(と拙者は考えている)パウエル氏にしてみれば、こんなところで挫折するわけにはいくまいて。はてさて。
 

二六六四年四月二二日

 いい加減、邦人人質事件ネタには厭いてきたのう。
 今回の件、日本の政府とメディアは自己責任論、米国務長官パウエル氏と欧米のメディアは三人を擁護という姿勢なわけだが、この差は、日本の「ことなかれ主義精神」と欧米の「フェア精神」による評価の違いが大きいと思う。(まあ、日本政府の宣伝戦には、国民の責任追及の視線を政府から被害者の方に向けたいという意図もあるだろうが)
 力が及ばないのに挑むのは無謀というものだが、欧米では力及ばずとも不正義に立ち向かう姿勢はフェアであり高評価なのに対し、日本では力も無いのに不正義に立ち向かおうとする方が悪いということになる。
 ことなかれ主義においては、道義的な正当性に関係なく、ことを荒立てる者が悪ということになるということだな。
 洋の東西を問わず、社会は力ある者の不正義がまかり通るものだが、日本人はそれを是正する能力が低い由縁だ。

 こういう心理、ある意味、「いじめの傍観者」の心理に近いといえるな。
 いじめの被害者に対して「いじめられる方が悪い」と言う心理。いじめの被害者を助けに行って返り討ちにあっている人間を見ると「力も無いのに助ける方が悪い」などと言うような心理。不正儀があっても被害を恐れて権力に屈従する心理。そのくせ、いじめの加害者を倒す人間が現れると、今度は倒した人間にへつらい、かつてのへつらいの対象だったいじめの加害者を罵倒する心理。日本人の精神性の陰惨な面だ。
 そこには「力及ばずとも、やらねばならぬことがある」という気概は無い。
 逆に言えば日本は「力での支配」が容易な国ともいえるな。(こういう精神性も戦後の米国による支配を容易にした要因の一つなのだろうと思う)
 そういった精神性の陰惨な面を補う役割を担ったのが武士道や禅などの生き方の追求と拙者は思うのだが、今の日本にはそういった精神は無くなりつつあるようだ。(逆にいえば武士道などの人としての高潔さを求める精神が失われつつあるためにラストサムライなんぞが新鮮に見えて感動する者が多いわけであろう)
 「弱きを助け強きを挫く」から「勝ち馬に乗れ」か。態度に出せば「強者には卑屈に、弱者には傲慢に」か。
 拙者は、弱者を踏みつけにしてでも栄達を願うような精神を持つ人は心が貧しいと思う。
 物質面の貧富に関わらず、精神面では豊かに暮らしたいものでござるな。

追記:
 今回の件、一般的な日本人の国際感覚の無さぶりも際立ったな。
 保護ボケ平和ボケな現代日本の常識では、戦地の常識は測れない。国際情勢に無頓着なのでイラクの実態を知らずステレオタイプなアラブ像を重ねてしまう。(*1)
 無知な上に主体性が低く周囲の状況に流されやすいので簡単にメディアによる煽動に乗ってしまう。
 これではお粗末さにおいて戦前と変わらぬではないか。
 戦後、日本は過ちを繰り返さぬと誓ったはずなのに、何も歴史から学んではいない。
 悲しいことでござるよ。

*1…
 やれやれと思う点。
・戦地では入出国管理を徹底する方が困難なことを知らない。
・米国侵攻前のイラクでは食物自給体制がかなり向上していた上に、密輸入で日本の新車など経済封鎖で入るはずの無い製品が、かなりの量、出回っていたことを知らない。
(拙者は、米国がイラクに軍事侵攻した理由の一つに、経済封鎖ではいつまで経ってもフセイン体制を倒すことができなかったことを挙げてもいいと思うでござるよ)
・バグダッド周辺の人間の教育レベルや信仰の程度を知らない。
・イラク軍が早期に自己崩壊したために元軍人や元諜報機関の人間の多くが無傷でいることが解らない。
・とかく、国際情勢を知らない。
(故に武装勢力が密輸入品を使用している可能性、様々な製品を使いこなす可能性、イラクの元軍人や元諜報機関の人間が参加している可能性を最初から考えつくことができない。映像作成に関しては、誘拐された三人の持ち物を使い、三人は作成への協力を強要された可能性を思いつけない。まあ、推測にすぎんがな)

二六六四年四月二一日

 邦人人質事件を巡る論争を見て痛感したことがある。
 それは、「自らの身を危険にさらしても他人に貢献することを望む人やそれを理解する人」と「他人のために敢えて自らの身を危険にさらすことを理解できない人」との間に相互理解を妨げる「壁」があるということ、自国民が交渉の道具にされるという事態に対して、未だに日本政府にはなんの備えも無く、多くの日本国民にも心の準備がなかったということ(この手の誘拐人質事件に対するあまりの無知さと、その無知に基づく勝手な判断は嘆かわしい限りだ。演技の強要ぐらい当たり前のことだろうに)、そして、日本人には未だに議論の姿勢が身についていないということだ。
 それゆえ、いつまで経っても議論が収束しないのだろう。

 危険云々については、そもそも危険というものを必要なリスクと不必要なリスクに分けるべきだ。
 不必要なリスクを冒す者は愚か者だが、必要なリスクは誰かがやらねばならぬ。
 ならば問うべきは、そのリスクは必要なものであったかということになろうというもの。
 拙者は彼らの人道主義に基づいた行動は国際正義に適うものと判断する。

 自己責任という言葉にしても拡大解釈して便利に使い過ぎだ。
 今回の件、彼らが戦地で死んだだけなら自己責任で済んだ問題であろう。
 しかし、国家に対する交渉の道具にされるというのは、個人でとれる責任の範囲を越えている。
 そういった個人の責任を越えた事態を担保するのが近代社会の国家ではないのか。
 一連の騒動を見ていると、「民主主義国家の政府とは封建時代のお上ではなく国民全体の奉仕者」という認識が、政府にも国民にも欠けているように見えるな。
(結局、明治政府が江戸幕府にとって代わったのは、革命ではあっても民主革命ではなかったということか。士族中心の蜂起であったためか、お上意識が未だに抜けぬ)

 共産党云々と絡めて語る連中もおるが、イデオロギー的立場が論理の正当性より優先されるのであれば、端から有意義な議論など望めようもない。
 ちなみに拙者は共産主義は好かぬ。拙者にとって、共産主義という「宗教」を信仰することは基本的人権を否定することとほぼ同義だ。
 だが、いかに相手のイデオロギーが嫌いでも、論理的に正しい部分はその主張は認めるし、支持する。
 イデオロギーから結論が決まっており、論理はその結論を正当化するものに過ぎず、そのためには詭弁も欺瞞も許されるのであれば、その議論には意味が無い。
 やるだけ時間の無駄というものだ。

追記:
 ついでだから、共産主義を信仰することが何故基本的人権の否定かを書いておこう。
 共産主義というのは、経済システムにおいての主義だけでなく、無信仰という宗教性も内包している。「合理的思考」によって神の存在を否定しているからな。
 それに対し、基本的人権というものはキリスト教の造物主信仰が基礎となって成立した概念だ。
 人間を含め万物は造物主により作られた。造物主の前では全ての人間は平等。そういった宗教的な前提があってこそ、全ての人間が等しく持つ権利、基本的人権という概念が生まれたわけだ。
(逆にいえば、造物主を信仰しないものには基本的人権は無いという考えともなりえ、かつての欧米列強による残虐な侵略を正当化したともいえる。適用範囲がキリスト教徒以外にも広がった結果が今の基本的人権ともいえるな)
(民主主義においての一人一票の原則も同根だな。全ての人間を能力や地位に関係なく平等に扱うので一人一票となるわけだ)
 つまり、基本的人権を担保するものは神への信仰というわけだ。これは、まあ国際常識のようなものなので、(多くの日本人はそうだが)自分は無信仰と思っていても(井沢元彦氏の説を信ずる拙者に言わせれば、多くの日本人は霊の報復を恐れる怨霊信仰の徒だ。)、海外で信仰について訊かれたら状況に合わせて仏教とか神道とかの徒と答えておいた方が良い。自らの身の安全のためにな。
(極端な話、神を信仰しない連中は人間じゃないという考え方をするような連中もいる。そして、そういう考え方が「赤」への猛烈な敵意ともなりうるわけだ)

 そんな基本的人権成立の歴史的背景を知っているから、拙者は、ソ連とか中国とか北朝鮮とかの人権侵害は共産主義などというものを信仰しているからではないかと思ってしまう。基本的人権という概念が希薄だからこそ、あのように人を物として扱えるのではないかとな。
(中国の場合は中華主義が上乗せされて、さらに性質が悪いな。チベットやウイグルへの侵略行為に対して、日本はODAをたてにするなどの手段でやめさせるべきだと思う)
 加えて、スターリンとか毛沢東とかキム一族とかを神格化して崇拝させていたりするのは、神の存在の否定の代替ではないかとも思う。歴史から見て、人間という生き物は信仰の対象としての偶像を求めるもののようだからな。
 共産主義は人間という「欲深き愚かな生き物」を統治するのに向いた方法とはいえぬ。それが共産主義に対する拙者の結論だ。経済システムにおいても信仰形態においてもな。

二六六四年四月一九日

 なんというかなあ…
 政府が率先して、国民の批難の対象を三人に向けさせるような宣伝戦を行っているのにうんざりする。
 特に首相のあの恩着せがましい態度はなんだ。大方、宣伝戦のための原稿を演技指導を受けた上で読んだのだろうが、誘拐犯を刺激してしまうような数々の無神経な発言と行動をしておいて厚かましいものと思う。
 今回の人質解放に政府が貢献していないのはほぼ明らかだ。交渉にあたったイスラム聖職者が日本政府からの要請は受けていないと明言しているからな。
 今回の政府の対応で明らかになったことが一つある。
 それは、日本政府には人質解放交渉を適確に行えるノウハウがないということだ。
 ペルーでの日本大使館人質事件からまったく進歩していないあたり、政府の怠慢は相当なものだ。
 問題点は明らかなのだから、謙虚に人質解放交渉のノウハウを蓄積するといった対策をとってほしいものでござるよ。イラク以外でも邦人誘拐は起きる可能性はあるのだし、そのときに政府の対応がこのようにお粗末では国民としては政府を信用できぬというもの。(マスコミも変な方向に騒ぎすぎと思う)
 だいたい「サマワの自衛隊と地域住民」のように「イラクの安全性」をアピールするかのような宣伝を行っていたのを、今となってあのような報道はどうかと思うぞ。公明党の神埼代表はなんのためにイラクへ行ったのだ?わざわざ国民を騙すために行ったのだとしたら、ほとんど背任行為といってもいい税金の無駄使いというものだ。
 戦争終結は米国が勝手に言っているだけでイラクは戦地であり危険なのは当然だ。それを日本政府が自衛隊を派遣するために詭弁的解釈で戦地でないと主張していたのではないか。
 外交官二名が犠牲になった事件にしても、護衛をつけることは危険地帯であることの証明になるからということで、政府の詭弁を正当化するために護衛をつけず高速で移動するという選択を行ったことが大きな原因の一つとなっている。日本政府はいい加減に詭弁的解釈から来る歪みを修正すべきではないだろうか。
 イラクが戦地であることは明らかであり、自衛隊派遣の法的根拠は崩れている。

 マスコミもマスコミだな。もっとイラクの米軍と自衛隊について解りやすく報道するべきだ。
 きちんと、「イラクの自衛隊は米軍の下部組織CPAの指揮下に入っており、論理的にイラク占領軍の一部であること」や「空自と海自がイラク占領軍である米国中心連合軍の兵站任務を担っていること」を報道していないことが、様々な誤解の原因となっておる。
 イラク国民にとっては米軍は侵略者であり、その米軍を自衛隊は兵站任務を分担することで幇助していることを国民に知らせないような報道は先の大戦の大政翼賛会と体質的に同じと言えよう。事実をふせることで国民を騙しているようなものだ。
 そういうことが反米武装勢力の意図や目的に対する無理解を生み、様々な見当違いな発言を生むこととなる。
 拙者は、イラクの武装勢力をテロリストと呼ぶのは、ナチスドイツがフランスのレジスタンスをテロリストと呼んだのと同じようなものと思うぞ。報道の限り、米国の支配に抵抗する武装勢力は、素人も多いイラク人民兵組織。それをテロリストとしたいのは米国の政治的な都合というものだ。

 とにもかくにも、イラクで人質になった人々は無事に帰ってきたわけだが、これでイラクでの問題が解決したわけではない。
 イラク邦人誘拐事件の実態がどうであれ、国際常識の問題で自衛隊のイラクからの撤退はほぼ無理となってしまった。その一方、イラクの治安は急速に悪化し、自衛隊の宿営地までが攻撃を受ける事態になってしまった。
 自衛隊が、イラク国民との無用な衝突を避けるためにはどうすれば良いだろうか。
 拙者は、国連が介入してくることになったら米軍の指揮下から脱退して国連の指揮下で活動するようにすべきだと思う。そのようにすれば、少なくとも米軍と一体という認識は解けるからな。今からそのようにすると表明しておくだけでも、かなりイラク国民に与える印象は変わるかもしれぬ。(どうせ、今の日本政府の駆け引きの無い隷属外交ではたいした「分け前」は期待できぬし、そもそもそのような考え方自体が戦後日本の理念に反する)

 平和愛好家の常識外れな自衛隊撤退要求や、情の無い連中の被害者家族への嫌がらせなど、色々な日本人の問題が露呈された今回の事件だが、良いことと思われる事実が一つある。
 それは、日本人NGOの活動や反戦活動がアルジャジーラで報道されたことで(以前からの親日感情にあわせて)イラク国民に「日本国民は友人(味方)だ」という認識を持ってもらえたことだ。
 その認識があってこそ、邦人二名にしても客人として扱われ、武装勢力の人間の方が途中で米軍に捕縛される危険があったにも関わらずバグダッドに届けてもらえた。
 情が通じる相手で良かった。もし追い詰められ心が荒廃した相手であれば命は無かったかもしれぬ。

追記:
 残念なことに、日本には大局的なコスト計算ができない者がいるようなので書き添えておこう。
 日本人NGOの活動は親日感情という形で日本にプラスになっているのに対し、自衛隊派遣は復興支援の費用対効果も悪く、イラクの大方の地域で対日感情悪化というマイナスになっている。
 今回の救出費用、報道で得られた日本国民への親日感情、NGOによる復興支援の費用対効果、自衛隊派遣費用といった要素を比べれば、結果的に日本人NGOの活動を阻害し対日感情を悪化させている自衛隊派遣と米軍支援の方が遥かに税金の無駄使いというものだ。
 真にコストと成果を考えるのであれば、官民が共同して効率の良い復興支援を模索すべきだ。陸自による復興支援は現状の方法ではあまりにも費用対効果が悪いのでポーズのための派遣としか見えぬ。自衛隊による復興支援の費用対効果の悪さによる損失は、法的に治安活動も行えぬのに強引に派遣した歪みによる負担を国民に押しつけるものといえよう。在外邦人の保護もできぬのに形ばかりの派遣をして、かえって在外邦人を危険に曝すようでは、最初からその費用をイラク人に渡してイラク人に復興活動を委任した方がまだましというものだ。

追記2:
 イラン人外交官暗殺といい、イスラエルによるハマス幹部暗殺といい、シリアとイランにまで戦争を広げたい連中がいるようでござるな。うんざりする話だ。日本政府には戦後日本の理念に則ってイスラエルによる暗殺事件を批難してほしいものだ。あのような国際平和を乱す暴挙に対して何もせず、それを黙認する米国につき従うようでは、何のための戦後日本か。

二六六四年四月一五日夜

 イラク邦人人質事件の三人がバグダッドで解放されたとのこと。

二六六四年四月一四日

 今日は結び。

 人質事件をおこしている武装勢力の目的は米国中心連合軍の政略的な切り崩しだ。間違いない。
 イラクで米国を国際政治的に孤立させ、方針転換をさせるのが狙いだ。
 日本とイタリアは国際政治的に連合軍に貢献している度合いが大きいと認識されている罠。
 トラブルを防ぎたいなら米国による統治を米国企業よりからイラク住民よりに変えさせるべきだ。これしか無い。

 というか、ファルージャでの対立状況が一向に改善されないから、外国人誘拐事件が頻発する。これまた間違いない。なんらかの手段で両者を和解させないと、根本的な解決は難しいぞ。やってみろ。

 などと勝手な推測で勝手な主張をしてみるテスト。

 所詮、拙者は世界劇場を見て踊らされている聴衆に過ぎぬでござるよ。やれやれ。
 拙者が逝ってよしだな。

二六六四年四月一三日

 拙者はバカだなあ。(挨拶)
 まあ、いつものことだが。
 それにしても、ここ数日に書いた内容、痛すぎるでござるよ。
 消してしまおうかとも思ったが、敢えて恥をさらすために残しておこう。

 邦人人質事件の犯人については報道内容や声明文から、ファルージャ住人で軍事訓練を受けていない俄(にわか)仕込みの民兵で指揮系統もなっていない連中という可能性を考えていたのだが…
 どうにもこうにも怪しすぎるな。人としてありえないと思っていたが、(略)
 東スポの日本赤軍関与説も可能性としてはありと思う。というより、声明文に日本人が関与しているのであれば、むしろそうであってほしい…

 イスラエル式統治についてだが、米国もイスラエルも解ってやっておるのだな。この数十年、同じようなことを何度も繰り返しておるのだから、学習していなければおかしい。
 わざと火に油を注いで、大規模な戦争にまで拡大したい連中がおるというわけだ。
 人として信じ難いが。

 とりあえず、ここ数日の人々の言動を見て言いたい。

 邦人人質事件を自衛隊撤退のための政争の道具に使おうとする平和活動家は思慮に欠けた愚か者だ。
 仮に交渉を飲んで自衛隊を撤退させれば、誘拐が有効な手段と相手に認識され、より多くの在外邦人が被害にあうことになる。
 このような誘拐への対抗手段は「もし誘拐されても自分の命を交渉の道具に使わせないこと」これにつきる。
 誘拐しても無意味だと解れば、相手は最初から誘拐はしない。
 結局、誘拐しても無意味という認識を世界に知らしめることが誘拐事件の発生を防ぐことになる。これが世界の常識。

 さらわれた邦人を自己責任と断じて見捨ててよしと言う者は配慮に欠けた愚か者だ。
 確かに危険な場所に行き、さらわれたのは自己責任だ。
 しかし、そもそもそのような治安の悪い状況を作ったのは米国であり、もともと親日的なイラクの人々の対日感情を悪化させたのは日本政府の対応だ。(対日感情が良くなったのはほとんどサマワだけといってもよい)
 NGOの人々は自衛隊が派遣される前から自衛隊より遥かに少ない資金で大きな貢献活動をしていた。
 アフガニスタンでもそうだが、日本政府の対応がそういうNGOの安全と活動を損ねていることに負い目は無いのか。
 思想信条は違えど、彼らは多くの人のために敢えて危険を冒して活動されている方々だ。そういう自己犠牲の精神を拙者は日本人として尊敬する。
 交渉には応じられぬにしろ、その命を尊び可能な限り救おうとする姿勢は持つべきだ。
 人質の家族に対して嫌がらせを行うなど、人としてあるまじき行いといえよう。

 危険な地域に行かれる方とその家族には、「身柄を交渉材料に使わせない」という覚悟を持ってほしい。(本人が持っているだけでは駄目で周囲にも徹底する必要がある)
 そして他の人々には、交渉には応じずとも可能な限り助けようとする姿勢を持ってほしい。(咎や疑問点については無事帰ってきてから追求すればいい)
 人々の振る舞いに虚しくなることしきりでござるよ。

追記:
 首相には、米国との関係強化の有り様を報道に流すことは反米感情を対日感情に直結する行いであり、人質になっている邦人の身の危険性を増すこととご自覚いただいて、慎重な対応をお願いしたいものでござる。
 一国の首相として、自分の行動がもたらす結果に対する配慮があまりにも欠けているのではと思えてならない。

二六六四年四月一二日

 声明文を読む限り、イラク邦人人質事件はファルージャの情勢(ファルージャにおける米国人殺害と米国による既に民間人を含め数百名が死んだという報復攻撃)と深く関係している可能性が高い。
 誘拐された邦人はファルージャの武装勢力に交渉材料として留めおかれている可能性がある。

 3月31日、イラクのファルージャでは、米国民間人を殺害し遺体を焼き損壊し引き回し投石するという惨いことが行われた。
 敬虔なイスラム教徒は通常、遺体に対してそのようなことはしない。
 報道された内容から見て、ファルージャの武装勢力は報復行為において宗教的制約という箍が外れている可能性が高い。
 そして、その原因はこの一年間で溜め込まれた米国による支配に対する怒りと憎しみと思われる。
 いつまでたっても生活は改善されずインフラは破壊されたまま。いつまでたっても公平な選挙による民主主義社会は到来しない。統治の仕方も、米国人の犠牲に対しては無関係な人々に対してまでも報復攻撃や農地の破壊を行うというイスラエル式。
 それらによって溜め込まれた諸々の怒りと憎しみが、イラクの人々をしてあのような惨い報復を可能ならしめているというわけであろう。

 イスラエル式というか、イスラエルがパレスチナで行っている統治の手法は、圧倒的な力で捻じ伏せれば相手は絶望感と無力感で抵抗を止め、とばっちりを受けないために密告者も増えるという、彼らなりの心理戦を兼ねており、立案した者自体がそういう考え方をするのであろう。
 しかし、世の中には絶望的な状況ほど闘志を燃やす者もおるし、イスラム教徒にとって戦死は天国行きが約束された名誉な殉教方法。
 結果、イラクは抵抗闘争に命をかける人と絶望的な現実からの逃避行動も兼ねて戦死するために行動する人が集う泥沼となってしまった。
 拙者には米国もイスラエルもやり方を間違っているようにしか見えない。
 彼らが抵抗を打ち砕くために絶望的な状況を作り出せば作り出すほど、新たな抵抗勢力を生み育て集めているからだ。
 「情けは人のためならず」といった言葉の意味を知り、実践してほしいものだ。

追記:人質解放交渉について
 相手の所在が判っており、人質事件をおこしたものが全体から見ればほんの一部のあぶれ者ならば、あのような撤退を即時に否定する対応でも問題は無かろう。
 相手の所在が判っており、後に続く者もいないのであれば「人質に被害が出れば踏み込んで犯人を皆殺しにする」といった「国際的には普通な」対応も取れるからな。
 しかしながら、あの場合、相手の所在は判らないのだから、交渉は端から飲めないにしても、相手の所在が判るまで交渉を引き延ばそうとする努力はするものだ。(マスメディアを通して犯人に対して「三日では不可能なので時間がほしい」と報道するとかな)
 それにだ、仮に犯人の所在を突き止め殲滅したとして、イラクでは後に続くものが大勢いる。
 よって、下手に殲滅するとソフトターゲットへの報復攻撃という形で被害が拡大する可能性が高い。
 特に相手がイスラム教徒であることが問題となる。
 繰り返しになるが、イスラム教徒にとっての戦死は天国行きが約束された名誉な殉教方法。
 つまり、犯人を殺害することは殉教志願者に模倣犯を繰り返させる可能性があるということだ。(インドネシア爆弾テロでは死刑判決を受けた犯人は喜んでいた)
 よって、犯人を殲滅した場合のデメリットが非常に大きい。要求を飲むことのデメリットは言わずもがなだが。
 話し合えば解るというのは日本人特有の幻想というものだが通用することもある。あの場合は交渉により相手に納得させ、自発的に人質を解放してもらうのがもっともデメリットの少ない方法というものであろう。 地元の宗教指導者が「3人は米国の協力者ではないこと」から解放するよう求めたことと、犯人側がそれに応じる気配があったことには、かなり期待したのでござるが…
 さすがに日本政府の「自衛隊もイラクの復興のために」という名分は、自衛隊の支援のあり方とイラクにおける米国との関連の持ち方を見直さぬ限り通用しないようだな。
 テロリストと妥協しないのは当たり前のことだが、それは平時においての常識というもの。対してイラクは戦時。ケースバイケースの対応を行えないと、事態を悪化させてしまう可能性が高いというものではないだろうか。

昨日の追記の補足:
 昨日の自衛隊撤退阻止のための自作自演の件について補足しておこう。
 8日にサマワの自衛隊宿営地がロケット弾で攻撃された時点でサマワは非戦闘地域ではなくなった。
 つまり、件の邦人人質事件がおこらねばイラク特措法の都合で自衛隊は撤退せねばならなかったということだ。
 もし自衛隊が撤退することになれば、困るのは「連合軍」が空中分解しかけて難儀している米国ブッシュ政権と、その忠実なサーバントの日本小泉政権。
 というわけで、もしや米国の某派閥の謀略かとも思ったのだが…
 ファルージャ周辺の外国人がほぼ無差別に誘拐されている以上、その可能性は限りなく低いというか、まあ、ありえぬな。
 ただ、誘拐された人々が解放されている理由を考えると、何ゆえ日本人の解放が遅れているのかが解せん。その点はうさんくさい。(というか、この事件自体が別の重大な報道から目をそらすためのものだったりしてな。状況から見てありえない話だが)
 とにもかくにも3人の無事の帰還を願うばかりだ。

二六六四年四月一一日

 イラク邦人人質事件において犯人側が「24時間以内に3人を解放する」という声明を出した。
 3人の活動内容とイスラム宗教指導者が殺害を思いとどまるよう求めたことを知ったからというが、真実であってほしいものだ。
 声明文について、とりあえずはうまい作文と思う。
 短い文章の中に、日本政府批判や日本政府と日本国民の切り離しを狙った文、米国によるファルージャ攻撃を非難する文を結構論理的に盛り込んでいる。
 日本政府批判や日本政府と日本国民の切り離しを狙った文に関しては首相の失点が大きい。
 もし首相が国民の生命に配慮する姿勢を示していれば、逆に首相への国民の評価を上げる機会にもなったものを。
 あの作文を可能にしたのは、日本政府の対応というものだな。

 3人が開放されるとしてだ。もしかしたら帰還前の3人を殺害しようとする連中がいるかも知れぬ。「武装勢力の残虐性」をアピールするためにだ。
 いや、まさかな。ありえぬ話だ。世の中には荒っぽい謀略を用いる者もおるが、さすがにそこまでのバカはおるまい。まあ、なんだ。いつものつまらぬ謀略話だ。

 とりあえず今は3人が無事にご帰還されることを願うのみだ。

追記:
 一連の騒動で失念していたが、自衛隊の宿営地がロケット弾で攻撃された以上、もう「非戦闘地域に派遣」という名分は崩れていると思うのだが。
 イラク特措法にそむく現状に対して日本政府はどうするのであろうか。
 とりあえず、どうもしないという気はする。

 ありえぬ話だが、今回の事件、二重の自作自演かもしれぬな。
 自衛隊の撤退を阻止したいものが、軍事常識を知らぬ反戦活動家を炊きつけて…
 とりあえず、今回の事件で軍事常識的には自衛隊の撤退はより難しくなった。

二六六四年四月一〇日

 正直いって首相がここまでバカだとは思わなかった。
 あのように最初から「撤退させない」と断言する態度は、こちらから交渉して「期限の引き延ばし」や「開放条件の変更」を図るといった人質解放交渉の可能性を打ち砕くものだ。
 真意はどうあれ、表向きは「状況を見て判断する」と答えておくくらいの芸当もできぬのか。
 これでは即座にも邦人殺害やその過程の映像が世界に配信されるような事態にもなりかねぬ。
 撤退しないにしても、支援内容の変更(米国と袂をわかち、真にイラクの人々のための復興支援を行うなど)といった条件の変更をちらつかせれば、相手も人質解放に応じてくるかもしれぬのに。

 軍事力による解決はさらなる報復を招く。要求をそのまま飲むことはさらなる誘拐事件を招く。
 相手から妥協を引きずり出すことができれば、それが最善の解決というものであろう。

二六六四年四月九日

 日本時間で4月8日深夜、イラクで邦人誘拐事件が発生したことが報道された。
 犯人は人質の命と引き換えに自衛隊が三日以内にイラクから撤退することを要求している。
 結論から言えば、この交渉に応じるべきではない。
 なぜならば、それは誘拐という手段の有効性を高め、さらなる誘拐事件(自作自演含む)を引き起こす可能性が高いからだ。
 だからといって、拙者は今の日本政府の方針を支持するというわけではない。
 これは純粋に誘拐という手段に対しての立ち向かい方の問題というものだ。
 このような事態となったそもそもの原因は、状況をここまで悪くした米国と、イラクの人々が本当に必要としている復興支援を行わなかった日本政府にある。
 実際問題として、御家族の方の心情を思うとあまりにもやるせない。
 最初から派遣しなければ、あるいはとっとと撤退していればこのようなことにはならなかったものを。

 さて、この問題に日本政府は如何様に対応するのであろうか。
 普通の国であれば、自国民は自国の軍隊で救出し、未然に防ぐための治安活動も行うものなのだが、現状の自衛隊ではそれはできぬし、仮にそれをすれば自衛隊はイラクの武装勢力と直接向き合うことになる。
 米国など他国の軍隊にそれを依頼すれば、日本政府は他国に対して借りを作ることになる。
 いずれにせよその結果は、自衛隊がイラクから撤退することをより困難にする可能性が高い。
 戦況はとうの昔に泥沼化しておるし、日本はその泥沼により深く足を踏み込もうとしている。

 攻撃対象は既に無防備な民間人といったソフトターゲットにまで広がっている。
 対応を誤り、イラクの人々の憎しみがさらに増せば、誘拐して交渉などということもなくなる可能性が高い。
 そのときは日本人に対しても、先日の米国民間人殺害のように、交渉なき報復としての殺害という運命が待ち受けるようになるかもしれぬ。
 日本政府はそのような事態に対して自国民を保護できるのであろうか。場当たり的な対米追従を繰り返す日本の現政権に対して、拙者は失意を感じざるをえない。

 この事件の結果は政局にどのような影響を与えるであろうか。
 仮に米国の特殊部隊が全員無事に救出ということになれば、日米の現政権は相互の関係を強化できるし、支持率の向上という結果を得ることができるかもしれぬ。
 仮に拉致された人々に犠牲がでることとなれば、米国はともかく日本の現政権は打撃をまぬがれえまい。
 これからの推移と関係する人々の言動に注意を払う必要性は高い。
 そこにはとんでもないからくりがあるかもしれぬ。

二六六四年二月一五日

 米国の巨大資本どもは次の大統領をケリー氏にすると決めたようだ。
 拙者としては政策から見て、選ぶならクラーク氏が一番良かろうと思うのだが、駄目のようだな。
 巨大資本にとって都合の悪い候補ははじかれ、代わりにメディア操作によって作られた偶像が人気を集める。
 米国はメディア操作で大衆に「選んでいる」と思わせることが可能な社会の国というわけだ。
 大衆操作における誘導の手法もこの百年でずいぶんと進歩したものだな。
 やれやれでござるよ。

二六六四年一月二〇日

 拙者、つくづく思うのだが、親米タカ派言論人の弁舌はどれもこれも似通っているものでござるな。
 そこで今回は彼らの言い分をいくつか取り上げて、それに対する意見を述べようと思う。

1.米軍はイラクから撤退すべきではない。米軍の撤退は混乱に拍車をかける。
 これには拙者も同意でござるよ。
 むしろ、米軍は増派した方が良いとさえ思っておる。
 米軍はRMA化によって、正規戦であれば少兵力でも大兵力を一方的に殲滅できるようにはなった。しかし、今のイラクで行われているような都市ゲリラ戦に対して安定した支配を求めるのであれば、純粋にマンパワーが必要だ(将来的に歩兵の占領能力を代替するような兵器体系が登場しない限りな)。今の人員では米軍は自分の身を護るだけでも精一杯。現在、イラクの米軍が置かれている悲惨な状況は、米軍は解放軍として歓迎されると楽観的な予測をした米国タカ派のミスと断定して良いだろう。いわば自業自得。
 もっとも、現状の兵力でも軍事費負担でいっぱいいっぱいであるわけだからして、増派はまず無理であろうな。(このまま占領が長期化すると、軍事出費で米国の屋台骨の方が傾くことであろう。南無)
 拙者としては、米軍が米国の都合で撤退してしまう方が心配でござるよ。
 治安悪化と米軍の被害に耐え兼ねて、軍事費負担に耐え兼ねて、ブッシュ大統領の選挙対策、等、不安要素は多い。
 もちろん、そうなったときは親米タカ派の人々が米国に対して駐留延長の嘆願をしてくれると、拙者は信じているでござるよ。

2.テロとの戦いは必要だ。テロとの戦いにおいて日本が米国と協力するのは当たり前のこと。
 まあ、「テロとの戦いは必要」というのは一般論としては正しい。
 問題は米国の今の戦いが「テロとの戦い」として有効であるかということだ。
 米国が行っている圧倒的軍事力による正規戦ではテロネットワークを潰すことはできない。むしろ、侵攻した国の住人や周辺国に憎しみを植えつけている。これでは新たなテロリストを育てているようなものだ。
 戦略的にも、米国が正規戦で圧倒的な軍事力を見せつければ見せつけるほど、反米勢力はテロなどの不正規戦で対抗してくることとなる。
 拙者の見る限りでは、米国の行いは、よりテロの危険性を増大させるものでしかないな。
 それに日本が協力するということは、日本をも反米勢力の標的にしてしまうことになる可能性が高く、いただけない。
 対米協力以前に、何故、米国がテロの標的になるか考えた方が良い。拙者に言わせれば、散々憎しみを買ってきた米国の自業自得としか言い様が無い。

3.イラクの人々には復興支援が必要だ。黙って見ているのは人道に反する。
 これも一般論としては正しいな。
 拙者も自衛隊の任務が、米英と独立した復興支援であるのならば文句を言おうとは思わぬ。
 むしろ、日本はイラクの人々の自立を促すイラクの人々が真に必要としている支援を為すべきとさえ思う。
 問題は自衛隊の主任務が占領軍の後方支援にあるということだ。
 ここにおいて問題なのは復興支援という美辞麗句で後方支援という本質を包み隠そうとしていることでござるよ。

4.イラクではイラク人民間人も標的になっている。よって悪いのは奴等の方だ。
 軍事通を気取るものが多いタカ派の言とは思えぬ言葉だな。
 確かに民間人も巻き込むのは悪いことだ。(当然、爆撃で民間人を大量殺戮している米国も悪い)
 だが、「イラクのテロリスト」の立場で考えてみることだ。米軍が現地人を雇ってその陰に入るようになればどうすればいい?「裏切り者の対米協力者」(悲しくも卑しいことに妬みも含まれることがある)を排除して米軍を引っ張り出せばいいだけのことだ。
 つまり、米国の手先となって働くイラク人も標的となるのは戦略上当然のことというわけだな。悲しいかな、それが現実というものだ。良い悪いの問題ではない。
 彼らは軍事的合理性から対米協力者も標的にしているというだけの話だ。
 まあ、なんだな。善悪を抜きにして米国を支持するという者が、善悪を問うこと自体がナンセンスという気がする。

5.国連は万能ではない。国連なんて無視しても構わない。
 その創立や機能など、国連には確かに問題がある。
 しかし国連は、現状、国際民主主義を達成する唯一の手段だ。
 国連を否定するなら、国際民主主義を為すための現実的な代案を出すべきであろう。
 むしろ、国連を無視して行動する米国の方が無法な独裁国家というもの。
 親米タカ派の諸君は、フセインの独裁は批難しても米国の独裁は批難しないというわけだな。
 拙者の知る限り、米国の正義とは自由と民主主義であったはずだが。
 まったくもって、やれやれでござるよ。

6.米国による一極支配こそが世界を平和にする。
 一極支配の方が平和になるという理論には異論は無い。それ自体は独裁を悪とする民主主義の主張に反する所が多いがな。
 井沢元彦氏の「逆説の日本史」にもあるように、権力が一極化された方が世の中は平和となるということは、歴史が証明している。
 「小善は大悪に通じ、大善は非情に似たり」という。その過程が非情に見えても一極化した方が、結局は総合した犠牲は少なくなる。
 問題は、米国の一極支配では平和にはなりえぬということだ。
 米国は戦争を必要とする国だ。
 軍需産業を国の基幹産業にしているために、数年に一度小さな戦争を、十年に一度は大きな戦争をしないと経済が持たない。
 そのような米国の構造が変わらぬ限り、米国による一極支配は世界をより不安定にするであろう。
 そもそもの話、米国が、力で非道を押しとおすのではなく、真に正義の国として振る舞うのであれば、多くの国が米国についてくると思うでござるよ。今の米国のやり方に反発が多い理由を考えた方がよい。

7.自衛隊の海外派遣は当然の行いだ。イラクに派遣すべし。
 自衛隊の海外派遣に関してならば拙者もそう思う。自衛隊は国際貢献としてPKOやPKFに積極的に参加すべきだ。
 また自衛隊の調達する装備を見れば、自衛隊自身がそういう方針なのがよく判る。
 海自の新型DDHや新型DDGは海外派遣向けの艦艇であろうし、ネットワーク機能にリンク16を搭載しているあたり、米軍との連携もより密接になろう。
 数年後には当たり前のように自衛隊が海外展開しているであろうということは、軍事常識を持つものであれば多くの人が意見が一致することと思われる。
 問題は現状のイラク情勢にある。
 米国の今の行いは国際法を無視した違法な侵略行為だ。それに協力する形で自衛隊を派遣することは侵略国家に仲間入りすることを意味する。(既に仲間入りしているが)
 これは憎しみを買うというだけではない。何よりも侵略行為への加担は今の日本の国家としての理念に反する。
 派遣をするならば、米国に対して方針転換して大義名分を得るようにさせるのが「同盟国」としての務めであろうというものだ。

8.手段は悪くとも、米国の繁栄こそが日本の繁栄につながる。
 これは駄目駄目だな。
 現状で米国の繁栄がこれからも続くと考えていること自体が駄目だ。
 拙者は、帝国としての米国はじきに終わると予測する。その時期はおよそ五年以内。
 今の米国が置かれている状況から、そのまま時間が経過すればそうなる。米国が方針を変更しない限りな。
 ざっと思いつくのを列記してみようか。

 ・米国国内油田の枯渇が数年以内。(統計上ほぼ確実。アラスカを採掘して延命してもあまり助けにはならないし、採掘コストも高い)
 ・ドルの石油本位制の崩壊とドルの乱発によるドルの暴落。(産油国のユーロ切り替えとドルの供給過剰が続けばそうならざるをえない)
 ・増大する軍事費負担による国庫破綻。(遠隔地に軍隊を派遣することは国庫に過大な軍事費負担をかける)

 悪条件は多いし、今の米国はそれを解決する様子が無い。このままでは、ほぼ確実に帝国としての米国は崩壊し、その後の米国は普通の農業国になっていると思うでござるよ。
 仮に米国の繁栄が続くとして、それで日本も繁栄するとは現状では到底思えぬ。
 日銀による米国債購入や新生銀行の例を上げるまでもなく、日本国民が働いて築き上げた富が容赦なく米国に奪い取られているではないか。
 このように「植民地」として容赦なく富を略奪されて、どうして日本が繁栄できようか。
 そのような米国の手口をして日本国民を反米化しているという現実すら解らぬのであろうか。
 日米問わずタカ派の人には五年先、十年先のことを考えているのかききたいものでござる。まあ、米国のタカ派にはハルマゲドンを信じているようなカルト連中も多いし、先のことは「考えない」のではなく、「考える必要が無い」のかもしれぬが、米国に魂を売った連中のために日本がこれ以上、巻き添えになるのは拙者は勘弁でござるよ。
 状況は徐々に悪くなってきている。拙者は「ゆで蛙」になりたくはない。

二六六四年一月一八日

 日本はかつて「敗戦」した。だが、復興は可能だ。
 ソ連の自滅による冷戦の崩壊後、米国は唯一の軍事的覇権国となり、国家間の争いは大国同士の睨み合いから地域紛争と露骨な経済戦争に変化した。
 米国クリントン政権は中国を重視しする一方、日本を経済的に敵国扱いし、日本を経済的に攻撃した。
 友邦と思っていた米国に攻撃された日本は為す術も無く「敗戦」し、教育とメディアコントロールで家畜化された多くの人々は今になっても「敗戦」したことを理解していない。
 現在の日本の不況は西暦1990年代に経済的に米国に「敗戦」した姿なのだ。
 そして今、街には失業者が溢れ、経済状況の悪化と道徳腐敗により人心は荒廃している。
 米国は軍事的には同盟国でも経済的には競争相手。それなのに日本政府は米国の経済侵略に対してあまりにも無防備すぎる。むしろ、望んで荷担しているようにしか見えない。「敗戦」から十年余りが過ぎようとしているのに、未だにされるがままだ。

 復興するためには、泥縄でない、きちんとした対策が必要だ。
 そのために、まずは現状認識をしよう。
 日本の経済の基本を為す製造業は円高ドル安と不況により苦しんでいる。
 ならば、その原因と対策はなんであろうか。

 まずは円高ドル安だ。
 今の円高ドル安は日銀による通貨の量的規制と米国の紙幣乱発が根本的な原因。純粋に貨幣の流通量の問題と考えて良い(後は資本のユーロへの逃避)。ドルを買い支えるということは、日本人がただ働きして米国(の投資家と米国債を買わせる米国政府)に不労所得を与えるというのと同義だ。
 米国の目的は「日本の国内製造業の弱体化」と「上がりきったところでの売り逃げによる不労所得」と「それらに伴う日本の経済破壊」。バブルのときに既に経験済みの手口だ。
 対策としては以下のものがすぐに思いつく。
1.円高が問題ならば通貨の供給量を増やして通貨価値を下げる。(米国債を買わずに日本の負債購入や国内投資に用いれば一石二鳥。通常は禁じ手だが、不況で弱った経済への強心剤としては有功だ)
2.工場海外移転に伴う国内空洞化が問題ならば、高速道路無料化と高速道路・鉄道の整備により国内流通コストを引き下げ、工場海外移転のメリットを無くす。これには地域開発進展と国内設備投資による内需拡大などの効果もある。
3.逆利用してドル圏の国である東南アジアに工場を移転し東南アジアとの連携を強める機会とする。
4.逆利用してユーロ圏の市場を開発する良い機会とする。(ユーロ圏の人口は米国より多く市場として有望。リスク分散の観点からも望ましい。ドル圏から安く資源を調達できると考えればいいのだ)
 国家が1と2の組み合わせを行うことが望ましいが現政権には期待できない。3と4の組み合わせは企業レベルで行うことができ、一部企業にそういう傾向がみられる。(しかしながら、日本企業の国際企業化には別の問題が有り、米国支配層はそれを狙っているようにもみえる)

 次に不況。
 純粋に今の不況の原因は政策にあるといえる。
 政府はかつての好景気のときに国債を乱発して無駄の多い公共事業を展開し、不景気の今、財政を引き締め公共事業を減らして必要なインフラ整備さえ渋っている。やってることがケインズ政策のまったく逆だ。
(ケインズ政策の逆をやりながら「不況はケインズ政策の失敗」という御用学者もいて呆れ果てる)
 その一方、不良債権処理と称して自力再建できる企業もどんどん潰し、破産により債権放棄させることで他の企業も連鎖倒産させた上で外資に二束三文で売り払っている。
 現政権は構造改革と称して日本経済破壊を行っている。それが今の不況の根本的原因だ。
 対策としては以下のものが良いのではないかと思われる。
1.日銀を財務省に吸収し、通貨の発行を財務省が行う。(通貨発行を財源として国債返還、公共事業発注、不良債権買い取りを行いつつ、インフレと円安を誘導して国内製造業の回復を図る。大胆な経済改革を行うために円の支配権は国が握るべきだ。)
2.売ることすらできないドル建て米国債は買わない。やるなら資産購入や国内投資など、もっと日本経済に有意義な投資を行う。

 問題点、原因、対策ははっきりしており、きちんとした対策を行えば日本経済の復興は可能だ。多くの識者がそれを指摘している。そして、それは日常用語でも十分説明可能だ。
 しかしながらマスコミは、米国や巨大資本の走狗である御用学者を用いて見当違いの報道を行い、大衆は真実から遠ざけられている。
 大衆がマスコミの提供する思考を受け入れ、自ら考えることを放棄しているうちは、真の日本の復興は難しい。
 日本が復興する方法。それは国民一人一人が政治や経済に関心を持ち、考え、国民レベルでもっと政策への提言を行い、望ましい政治家を選挙で選び、望ましい政策を実現させることだと拙者は思う。

二六六四年一月一七日

 メディア批判することが多いので、たまには新聞大好きぶりを表現してみようと思う。

 拙者はアカヒ新聞が好きだ。アカヒ新聞が大好きだ。
 社説での論理の展開が好きだ。
 船橋洋一氏のコラムを読むと心が躍る。
 さすが、米国中道派シンクタンク所員。中道派の意図するところがよく判る。
 記事の傾向から、これだけ米国中道派とアカの意図と目的が判る新聞は他に無い。
 読むはアカヒ新聞だ。

 まあ、なんだな。拙者にとっての新聞は「情報を受け取る手段」ではなく、「情報から報道の意図や目的を洞察する手段」というわけだ。
 今の日本のメディアに「報道の中立」を期待するのは無駄というもの。ほとんどのメディアが米国なり中国なり韓国なり北朝鮮なりの影響下で、報道にバイアスがかかっておる。
 そういうわけであるから、新聞を読むにしても、どうせなら意図や目的の判りやすい「機関紙」の方が良いというわけでござるよ。
 メルマガも米国シンクタンクの受け売りのようなものが多くてなかなか楽しい。
 田中宇氏は米国中道派系、佐々木敏氏は米国タカ派系といった感じであろうか。
 相手の意図と目的や、相手が人々をどういう風に誘導したがっているかということを洞察できれば、対策は練りやすくなる。
 我ながらひねくれ者だと思う。それはどうだろうという気もする。
 だが、拙者は多くの人にそういうひねくれ者になってほしいと思うでござるよ。

二六六四年一月一六日

 日本のイランにおける油田開発交渉がなんとか纏まりそうという話を聞いた。
 このままうまく行けばいいと心底思う。
 しかしながらイランにおける油田開発は日米の利害が対立するところ。
 米国や米国に組みする者の妨害工作が気になるところだ。

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