一二月一〇日
一二月九日
一二月八日
一二月七日
一二月二日

二六六三年一二月一〇日

 米国が日本を「自立させてあげよう」としている、ということについてだが、その理由の一部について述べよう。
 一つは北朝鮮崩壊に伴う極東における安全保証体制の変化に対応するため。
 一つは自衛隊を戦地において米軍の補助軍隊として使うためだ。

 前者について。北朝鮮は、その経済状況と国際的な政治状況から観て、近い将来に崩壊する可能性が高い。
 北朝鮮が崩壊すれば、極東の「安定化」に伴い、日米関係は大きな転換期を迎えざるをえない。
 そうなると、もはや東アジアでは台湾と中国くらいしか大きな対立関係は残らない。
 そして、それは東アジアにおける安全保障体制が大きな変化をせざるをえないことを意味する。
 その結果、日本と韓国に駐留する米軍が段階的に撤退していく可能性は高い。
 居座る「公的な理由」が無くなるし、米国は統合朝鮮の誕生により米軍と中国軍が直接対峙する構造になるのを望まないだろう。
 結果、米国は日本の防衛は日本にやらせるようにせざるを得ない。
 日本は、法整備が不十分なだけで、防衛に十分すぎるほどの戦力を持っている。しかし、日本は現状、軍事も外交も米国に「おんぶにだっこ」状態。
 そこで、米国は日本に、「いい加減に親離れしろ」といった感じで、軍事も外交も自分の頭で考えて行う国に変革するように突き放すというわけだ。もっとも、「自立」させるといっても、それは自衛隊の装備や能力では日本は米国と連携をとらざるをえないということが解っていてのこと。それ程に日本の兵器は米国に依存している。(それに、いざというときに自由に操縦できるよう、スキャンダルネタなどで政治家の首に縄をつけておくくらいの処置も当然してある。)

 後者について。米国は新しい「連合軍」の一員として、政治的にも軍事的にも日本の協力を求めたいと思っている節がある。
 しかしながら、現行体制では自衛隊の海外活動には制約が多い。また、自衛隊は日本を護るために編成された軍隊なので、当然ながらその海外展開能力は低い。
 よって、米国はその目的のために、日本をきちんとした軍事体制や軍隊の海外展開能力を備えた国に作り変える必要がある。
 それを日本に主体的にやらせるためには、現行の日米安保体制を破棄して、日本を軍事的に自立した国にするのが手っ取り早い。(その上で新たな「日米軍事同盟」を結ぶ。ちなみに安保体制を維持したまま、それをやろうとしても日本国民の反発が大きくて難しいことが予測される。)

 ある意味、日米ガイドラインからそのような兆しは見えていたといってもよいだろう。
 このガイドラインの本質は、日本の防衛には自衛隊に一義的な責任があり、在日米軍を自衛隊が防衛することにある。
 つまり、米国は自衛隊が日本を護れる戦力を保持していることを認めておるわけだ。その上で、日本で有事が発生した際の在日米軍の防衛を自衛隊任せにしている。
 現状を観れば、海外においても「日本軍」を活用することを望んでいるのは確実といっていいだろう。

 ぶっちゃけ、米国は日本を「より便利に使うために」自立させようとしているというわけでござるな。

(拙者、米国がその為にメディア操作で「日本の自立」の妨げになる親米保守の追い落としにかかっていると観る。山崎元自民党幹事長の女性問題報道もその一部であろうな、なんてな。しかし、まあ、なんだ。親米保守の米国支配層に対する態度は、言い方は悪いが、恋人に捨てられそうになっている者がなんとかしてヨリを戻そうとしているようなものだ。だが、そのためのイラク侵略戦争荷担で国民の支持を失い、自ら墓穴を掘ろうとしている。考え過ぎると、これすらも親米保守追い落としのための謀略の一部ではと思えてくる。いかんな)

 だが、これは日本にとっても良い機会と拙者は思う。
 日本は今まで、軍事も外交も米国任せにして自らの頭で考えることを放棄し、平和惚けならぬ保護惚けになっていた。
 日本の政治家にしろ官僚にしろ国民にしろ、いい加減に保護惚けから覚め、自分の頭で自分の国の将来について考え、必要なことを成さねばならぬよ。

二六六三年一二月九日

 自衛隊イラク派遣問題に関する策を拙者なりに考えてみた。

 上策は、自衛隊派遣を取りやめ、ブッシュ大統領にいい顔をするために自衛隊イラク派遣を強行しようとしている小泉首相が責任を取って辞任することだ。
 小泉首相ら親米保守は、自衛隊派遣中止を卑怯だの臆病だのと言うが、自衛官や外交官の命を犠牲にしてまで政権に居座ろうとする彼らの方が、余程、卑怯で臆病者だ。
 拙者には彼らが政権にいることが、自衛官や外交官の命より大切とは思えない。

 次善の策は、米国に、イラクの占領統治を国際連盟に引き渡し「国際正義」という大義名分を得るように進言し、そうさせること。(最低限、「解放軍」として占領政策の変更をさせねばならない)
 イラクに派遣される自衛官は、命を失う可能性の高い危険な地域に日本という国を代表して派遣されるのだ。侵略戦争荷担ではなく、せめて「国際貢献」という大義名分を与えねばならない。
 この場合、派遣される自衛官の生存率を少しでも上げるために、装備の充実、憲法改正、交戦規定の変更などを平行して行う必要がある。
 為すべき事は多いが、現行体制のまま自衛隊を派遣するのはあまりにも無責任だ。イラクの現状を鑑みれば、現行法で自衛隊を派遣するのは明らかな違憲行為でもある。
 加えて、一度、派遣を決定すれば撤退することは難しい。派遣後に、「自衛官が襲撃されて死亡したから撤退」などということになれば、それは最悪だからだ。そうなれば、国際的に「臆病で卑怯なジャップ」と呼ばれるようになっても仕方が無いということになる。(かつてのイタリアの弱兵ぶりが、今でも世界でどのように揶揄されているか考えてみよ。兵とは国の威信のためにも勇敢であらねばならぬものなのだ)
 危険な地域に自衛隊を派遣すれば死者がでるのは当然のことだ。それならば、せめて、命をかけるに値する理由を与え、死ぬ可能性を下げるように配慮する必要がある。それが国民を死地に赴かせる為政者の責任というもの。
 それをしないのは無責任の極みというものだ。

 このまま、なし崩しに自衛隊を派遣するのは下策だ。
 米国に荷担することで中東の信頼を失い、資源外交にダメージを被るだけでは済まない。
 国際法違反の侵略戦争荷担により、日本の歴史に汚点が一つ追加されることとなるだろう。
 そして、現状ではいずれそうなるかもしれぬ。

 まあ、如何に考えたところで、拙者にはどうしようもないことだ。一般国民の微々たる参政権は選挙のときぐらいしか発揮できぬし、衆院選はとうに終わった。ただ、この今において小泉無責任内閣が政権を握っている現実があまりにも悲しい。小泉首相には、現地に派遣される自衛官やその家族の身になって考えるような情は無い。彼の言う痛みは、所詮「自分以外の他人の痛み」なのだ。彼自身も痛みを共有する覚悟があれば、あれほど無責任には振舞えまい。
 今、できることといえば、国民が次の選挙では「よりマシな政権」を選んでくれることを願うこと。そして、そうなるように微力ながら活動を行うことだ。
 状況は絶望的だが、絶望に対して「なにをやっても仕方が無い」と諦めたときが、真の敗北のときだ。
 一応だが、日本では国民に選挙によって国を変える機会がある。それならば、一国民としてそれを活かそう。

二六六三年一二月八日

 イラクにおける米国の占領政策を見ると、もはや米国は抵抗勢力を煽ることで紛争が長期化することを望んでいるとしか思えぬな。
 おそらく侵略前に米国財界の中での調整がきちんとできておらなかったからであろう。
 石油資本は侵略後の石油輸出のためにイラクの早期安定を望んでいるのに対して、軍産複合体は「消費拡大」のために紛争長期化を望み、占領政策レベル(に加えて紛争激化工作レベル)で「火に油を注ぐ」まねをしておるのだろうなあ…。あー、妄言だとは拙者自身も解っておる。
 もし、この推測が正しければ、まあ、伝統的な「負けのパターン」ではござるな。
 かつての日本も調整や戦争の落とし所の策定がしっかりと行われぬまま、なし崩しに戦争に突入していき、意地や体面にこだわって引き時をわきまえず、さらに泥沼にはまっていってあのざまだったわけだ。
 まあ、なんだな。侵略戦争を行うなら、予めきっちり落とし所や失敗した際の引き際を決めてからやらねばならぬということだ。

 自ら始めたイラク侵略戦争に苦しむ米国もみっともないが、日本の政界もかなりみっともない。
 せっかく米国のとある派閥が、日本を属国状態から「自立させてあげよう」としているのに、親米保守(「日米同盟」とか「核武装」とか「北朝鮮の脅威」とか息巻いている連中のことだ)どもがそれに抵抗しておる。
 彼らは米国による「属国支配」のもと、利益を貪っていたわけで、そういう枠組みが壊れて見捨てられるのを望まないのは判る。彼らが米国支配層の気を引くために必死になって米国追従するのも当然というものだ。
 しかし、そういう世界と無縁な拙者にしてみれば、このところの親米保守どもの米国支配層に対する「私達は役に立ちますよ。靴だって舐めますよ」といった感じのパフォーマンスは、みっともなくて呆れ果てる。
 一国民としては、政官財の利益ばかり追求して国民益(国民の利益)から最も程遠い彼らには、さっさと退場してほしいものだ。
 様々な利害構造があってのこととはいえ、せっかく米国が日本を「自立させてあげよう」としているのだから、自立させてもらえばいいと拙者は思うでござるよ。(これも拙者が民主党を支持する理由の一つ)

二六六三年一二月七日

 外交官二名殺害についてだが、一般メディアの一部において米軍関与が疑われておるな。
 疑わしい点は数多いし、確かにありそうな話だ。
 問題なのは、日本のメディアのほとんどが、「襲撃された車両の直後に米軍車両が通過したこと」「襲撃された車両が返却されないこと」「現場から薬莢が発見されないこと」などといった米軍に対して疑惑を抱かせるような事実を報道しようとしないということだ。
 これ自体がメディアの大政翼賛化と米国による支配を如実に語る事実の一つで、まったくもってうんざりする話でござる。

二六六三年一二月二日

 「テロには屈しない」か…
 ナチも同じようなことを言っていたものだ。
 ナチスドイツはフランスのレジスタンスを「テロは許さない」と取り締まったが、正義はどちらにあっただろうか。
 立場を変えて考えてみれば、イラクの「テロリスト」にしても「米英による国家テロリズム(侵略)に屈しない」などと思っているかもしれぬな。
 此度の外交官二名の犠牲は、論理的に対米追従一辺倒の小泉首相の政策の犠牲といってもよかろう。
 米英の行った戦争は国際法上、明らかな侵略戦争。それに積極的に荷担している日本も侵略国の一員。狙われるのは当然というものだ。
 小泉首相の対米追従一辺倒で中東への配慮を欠いた政策は、先人達が築いた良好な中東との関係を崩してしまいつつある。これからのエネルギー資源外交に与える悪影響は計り知れぬな。

 イラクにおいては、もはや大勢は決したといっても良いかもしれぬ。
 イラクの抵抗勢力と、それにより間接的に利益を得る欧州国の勝利という、米国の望まぬ形で。
 侵略を成功させるコツは、一に民心懐柔により民衆とゲリラを切り離すこと、二にゲリラ狩りをやり過ぎぬことだ。米国はそのどちらもできていない。
 テロに対する報復として、市街地を無差別攻撃したり、農地を破壊したりするなど、イスラエル式の民衆の恨みを買うための統治をしておる。これでは「テロリスト」を勢いづかせるだけというもの。
 次期大統領選挙対策という政治的理由も絡んでくるし、米軍のイラク撤退は既にカウントダウン状態だったりしてな。米軍イラク駐留はイランとシリアの政権転覆も目標の内だったと思われるが、このままではまず果せまい。

 この状況のもと、日本が上手く国際的立場を護りつつ、かつ中東の信頼を得る方法はあるのだろうか?
 あるとすれば、それは小泉内閣の侵略戦争荷担に対する謝罪と総辞職であろう。
 数々の決定を民意を無視して為した以上、小泉首相にはその責任を取る義務があるはずだ。
 といっても、小泉首相は無責任で自らの保身にだけは必死な口先ばかりの男だから、そんなこと微塵も期待できぬな。
 やれやれでござる。

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