焼夷兵器−焼夷弾は化学兵器か通常兵器か

焼夷兵器の用法

 焼夷兵器は古来より建造物や森林や洞窟といった遮蔽物に隠れ潜む敵を掃討するために用いられてきました。直射でなければ効果的に威力を発揮できない通常兵器と異なり、焼夷兵器は遮蔽物を迂回して、あるいは焼き払って、火と煙と毒性物質で標的を攻撃できたからです。
 燃焼により発生する毒性物質を意図的に害敵手段に用いることもしばしば行われました。
 焼夷兵器により毒性物質を発生させて戦場で使用した例として有史最古のものにペロポネソス戦争(BC431〜BC404)があります。スパルタ軍はアテナの要塞を攻略するにあたって、硫黄、松脂、樹脂、ナフサの混合物を燃やし、亜硫酸ガスを発生させて攻撃しました。ときにはこうした焼夷剤に有毒な砒素化合物を混ぜることもありました。
 以降も戦場ではこうした焼夷剤が使われ続けました。

焼夷弾の種類

 現代の焼夷兵器の主流であるところの焼夷弾は用いる焼夷剤によって次の三種に分類されます。

 エレクトロン焼夷弾(テルミット焼夷弾)は温度こそ高いものの、影響範囲が小さく燃焼時間も短いという欠点があります。それゆえ、焼夷効果を高めるために他の焼夷弾や焼夷剤とよく併用されます。

焼夷弾の大量使用で何がおきるか

 焼夷弾の大量使用により発生する現象として重要なものには「中毒死・窒息死」と「火事嵐現象」があります。

中毒死・窒息死

 焼夷弾を大量使用すると、それにより引き起こされた大火災は莫大な量の酸素を消耗し、その影響範囲は酸欠状態になります。その結果、不完全燃焼による一酸化炭素の発生、焼夷弾の材料として使われた毒性物質の飛散等が発生します。
 このような焼夷兵器の使用による中毒死・窒息死の死者はときには焼死者の数を上回ることもあります。
 例えば、一九四三年のハンブルク空襲の死者の大半は一酸化炭素中毒によるものと考えられています。
 戦後の改良により焼夷弾の燃焼性能はさらに向上しており、ベトナム戦争の頃にはナパーム弾単発でもこうした酸欠状態を作り出すことができるようになっていました。その爆発的燃焼による強力な威力は小型原爆にも匹敵するといわれるほどでした。

 日本のように木造家屋の多い都市攻撃には、テルミット弾の大量散布、ついで黄燐爆弾、油脂焼夷弾が用いられた。ドイツのような石造りの都市に対しては、マグネシウム爆弾が主体であった。
 一九四三年七月、三回にわたって英米空軍機によるハンブルグ大空襲が行たわれた。この空襲では焼夷弾と高性能爆弾の両方が使われ、同市の市街地の六〇%、面積にして七八平方キロが完全に破壊され、そのうち火事で完全に焼失した地区は三三平方キロであった。三〇万戸の家がなくなり、死者は六万〜一〇万と推定され、死者の大半は、空襲による火災のために発生した一酸化炭素中毒によるものと考えられた。
 (「生物化学兵器」より)

火事嵐現象(ファイヤーストーム)

 焼夷弾を大量使用すると高熱により上昇気流が発生し、それにより生じた低気圧地帯に周囲の空気が流れ込むことにより暴風が引き起こされます。これを火事嵐現象(ファイヤーストーム)と呼びます。

黄燐焼夷弾(白燐弾)の大量使用で何がおきるか

 ハンブルク空襲は他の焼夷弾や爆弾と共に黄燐焼夷弾が大量使用された戦略爆撃でした。つまり、(他の焼夷弾や焼夷剤との併用を含む)黄燐焼夷弾(白燐弾)の大量使用や、それが引き起こした火災でも酸欠状態は発生するということです。
 黄燐焼夷弾(白燐弾)が大量使用されて(あるいは改良による爆発的燃焼で)酸欠状態となると、当然のことながら黄燐(白燐)は燃えることができず、燃焼熱で沸騰(黄燐の沸点は280度)して気化することになります。
 こうして生じた黄燐(白燐)の蒸気は気流に流されて飛び散り、冷えれば黄燐(白燐)の霧、そして粉塵となって舞い散ることになる、ということは科学的な常識があれば想像できますね。
 こういう知識があると以下の引用文の意味を良く理解できるでしょう。

 「燃える雨3(「ファルージャ 隠された大虐殺」ほぼ完全日本語訳−後半)」より

 アメリカ国務省の主張とは反対に、白リン弾は敵軍を照明で照らす目的のみに使われているのではなかった。11月8日夜にアメリカ軍のヘリコプターからファルージャに向けて火の雨が降っているこの映像は、化学兵器がファルージャで大量かつ無差別に使われたことを証明している。
 その後、アメリカの衛星から撮影された映像は、ファルージャの街が根こそぎ破壊されている様子を示している。

ジェフ:
 弾頭から出るガス、つまり白リンは、散って雲のようになる。そして、皮膚に触れると、取り返しのつかない被害が生じる。肉が骨まで焼ける。服は必ずしも焼けないが、服の下の皮膚は焼ける。だから、防御マスクは役に立たない。マスクのゴムを通して顔まで届くから。呼吸したらのどと肺に水泡ができて息ができなくなり、体が内側から焼ける。白リンは、基本的に皮膚、酸素、水に反応する。湿った泥を使うことによってのみ焼けるのを止めることができるが、基本的には止めることは不可能だ。

インタビュア:
 これらの兵器の効果を見たことはありますか?

ジェフ:
 はい。焼けた死体、焼けた子どもや女性です。白リン弾は無差別に殺します。雲状になって、たいていの場合150メートルに渡って影響を及ぼし、その範囲に存在する全ての人、動物を焼きます。

 ここでのジェフ氏の「白リンは、散って雲のようになる」という発言は、黄燐焼夷弾(白燐弾)の大量使用状態(使用量あるいは高燃焼性能により酸欠が起こるほどの使用状態)に対する適切な表現というものでしょう。(水との反応は酸化皮膜が燐酸になることでしょうか)
 言うまでもないですが、雲は蒸発した水が上空で冷えて霧や細かい結晶になったものです。
 そして、黄燐焼夷弾(白燐弾)も大量使用されると、燃えきれない黄燐(白燐)が沸騰して気化し、冷えると霧や粉塵となります。黄燐(白燐)は微量でも体に付くと化学火傷を引き起こしますし、当然のことながら、吸い込めば喉や肺といった呼吸器系にも化学火傷を引き起こします。
 同様の証言を科学者もしていましたが、それもこういう現象を示していたのでしょう。
 ここで重要なことは「雲」は「黄燐(白燐)の燃焼による煙(吸えば苦しいものの、これで死ぬ可能性は殆どありません。粘膜組織への強い刺激から催涙剤代わりにはなりますが)」を示しているのではなく、「燃焼熱による黄燐(白燐)の気化と冷却による凝結・凝固」といった現象そのものを示しているということです。

焼夷弾は化学兵器か通常兵器か

 二昔ほど前まで焼夷弾は化学兵器とされていました。
 当時の化学兵器は毒物以外に発煙剤、発色・発光剤、焼夷剤まで含んでおり、焼夷弾は化学兵器の一種でした。(当然、ナパーム弾も化学兵器扱いでした)
 しかし、現代では焼夷弾は化学兵器に含まないという解釈が一般的になっています。
 焼夷弾は爆発や高熱といった物理エネルギーによる標的の破壊を目的としており、その点においては通常兵器と同じだからです。
 焼夷弾は、その効果で見れば化学兵器、その目的で見れば通常兵器という、一種の灰色領域にある兵器といえるでしょう。
 こういう灰色領域の兵器は都合で通常兵器にされたり化学兵器にされたりすることがあります。
 例えば、中国軍事顧問の指導の下、ビルマ軍が使えば白燐弾は化学兵器となったり、イラクのサダムがクルド人に対して使えば白燐弾は化学兵器となったりするわけです。(焼夷弾の中で白燐弾だけ未だに化学兵器と定義している可能性もありますが)

白燐弾の対人使用は陸戦法違反か

 毒性物質の使用を禁じる主な国際条約には以下のものがあります。

 「生物化学兵器」より

(1)窒息せしむべきガスまたは有毒質のガスを散布するを唯一の目的とする投射物の使用を各自に禁止する宣言書(一八九九年7月二九日、ハーグ)

(2)陸戦の法規慣例に関する規則(一九〇七年十月十八日、ハーグ)
第一款第一章 害敵手段、攻囲および砲撃
第二三条 特別の条約をもって定めたる禁止のほか特に禁止するもの左の如し。
(イ)毒または毒を施したる兵器を使用すること。

(3)窒息性またはその他のガスおよび細菌学的戦争方法を戦争に使用することを禁止する議定書(一九二五年六月十日、ジュネーブ)

 黄燐(白燐)は猛毒ですので黄燐(白燐)の対人使用は「陸戦の法規慣例に関する規則」第二三条違反となります。つまり米軍教本の「白燐の対人使用は陸戦法で禁じられている」という記載は事実ということです。

主要参考文献

生物化学兵器(中公新書)
歴史群像(学研)